絶対零度の王子殿下は、訳アリ男装令嬢を愛して離さない
「で、殿下……ぼ、僕は、」
「カイルじゃない君の、セレナの気持ちを聞かせて欲しい」
「わ……私……」

 セレナの頬を濡らす涙を、そっと指で救う。滑らかな肌の感触と優しいぬくもりに、鼓動が逸る。濡れた瞳に浮かんだかすかな期待が、ふっと色を失ってしまった。

「けど……私は……。私、には……幸せになる資格がありません……。私は、兄を死なせてしまったから」

 生まれたときからずっと一緒だった兄を亡くしただけでなく、彼女はそれを自分のせいだと自責の念に駆られている。その深い悲しみは、きっとこの先も癒えることはないだろう。
 たとえすべての人が「セレナのせいじゃない」と伝えたとしても、彼女は納得しないとわかっていた。
 それでも……、いや、だからこそアンリは彼女に問う。

「君の兄君は、それを望んでいるだろうか?」
「え?」
「妹の君を助けたのはなぜ?」
「それは……兄は、優しかったから……」
「自分の命に代えてでも、君に生きて欲しかったから助けたんだろう? もちろん、自分の代わりなんかではなく、セレナとして幸せに生きて欲しいと願っているんじゃないだろうか。――それとも、兄君は君の幸せを願ってくれないほど狭量な」
「兄は誰よりも優しい人でした!」

 反論するセレナと視線が合わさる。兄を思うセレナの心は、誰よりも優しくて温かい。兄の存在がセレナにとってどれだけ大きいか、改めて感じると同時に、それほどセレナから信頼され愛されている彼が羨ましいと嫉妬心を抱く自分がいて内心で呆れていた。

「私は……自分の人生を生きても……幸せになっても、いいのでしょ……か……っ」
「あぁ、もちろんだ。君は、兄君の分も幸せにならなくてはいけない」

 もう自分を偽らなくていい、苦しまなくていい。
 その細い肩に背負った重荷を下ろしてほしい。
 アンリはありったけの願いを込めて、セレナの濡れそぼった頬に触れ、そっと包み込んだ。

 そして、できることなら、軽くなった心の片隅でいいから自分を置いてほしいと浅ましくも願わずにはいられない。
 自分にとって彼女が唯一無二であるように、彼女にとっての唯一でありたい。どうか、拒まないでほしい。
 アンリの不安を和らげるように、セレナの手がアンリのそれに重なった。
 手と手が触れ合っただけなのに、アンリの心臓は信じられないほど跳ねて頬に熱が集まる。情けない顔を見られないようにセレナを抱き寄せた。

「……聞こえるだろ、心臓が破裂しそうだ」

 どくどくとうるさい鼓動に押されるように、セレナを思う気持ちが溢れて止まらない。
 好きだ。彼女がたまらなく愛おしい。
 この気持ちを伝えたくて、アンリは胸の裡を訥々と言葉にしていく。

「君の、ころころ変わる表情豊かなところや、魔法の話を楽しそうにする無邪気な姿に惹かれていた。いつの間にか、君のことばかり考えている。異性相手にこんな気持ちになるのは、君が、……セレナが初めてなんだ」

 誰かを思って苦しくなることも、誰かに幸せになって欲しいと思う気持ちも、そしてその幸せを自分が与えたいと思うことも、全部、全部初めてだった。
 心の奥の方にある、誰にも見せた事のない柔らかな部分を明け渡す行為は、とても勇気のいることなのだと初めて知った。
 抱きしめる腕が情けなくも震える。

「私も、殿下が好きです……。叶うことなら、これからも殿下のおそばにいさせてください」

 偽りのないセレナの声音が耳に甘く響き、歓喜で胸が打ち震えた。
 アンリは細い体をきつく抱きしめる。互いの間に隙間がなくなるほどに、強く、強く抱きしめて、小さな頭に頬を摺り寄せた。滑らかな絹糸のような髪も、甘く清らかな香りも、すべてが愛しくて離れがたい。

「っ、……もう、なにがあっても君を離さないからな」
「はい……離さないでください。――それが、私の幸せですから」

 抱きしめ返すセレナの手のぬくもりが背中に伝わり、心の奥底から幸せがつぎつぎに生まれてくる。ふわふわとした幸福感に包まれながらも、彼女の幸せを守らなければと心に誓った。













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重ねてになりますが、数ある作品の中から、紀本の作品を見つけて読んでくださり本当にありがとうございました!
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