「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
『はじめまして、アンジェリカと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします』

 そう言って頭を下げる様が、たとえようもないほどに美しかった。紫色の瞳は、強い意志を宿してきらりと輝いた。

『わたしは、殿下を心よりお支えする所存です』

 凛と響いたその声の響きを、今もありありと思い出すことができる。

 アンジェリカとヴィルヘルムはこれが初対面だった。国同士の結びつきのためのただの政略結婚で、それ以上でも以下でもない。
 けれど、そんなことなど感じさせないほどに、燦然とアンジェリカは微笑んだ。

 たとえどんな出会いであっても心を尽くす誠実さを。心根の美しさを。

 その全てに、ヴィルヘルムは心を射抜かれた。

 これはいけない。誰も好きになってはいけない。

 もう誰も不幸にしたくない。好きにならないなんて、簡単だと思っていたのに。
 この人は、兄さんの妻になる人だったのに。そして、俺はきっと、彼女を不幸にしかできないから。

 ヴィルヘルムは椅子から立ち上がり、魔女の前に立った。

「愛とは、なんなのでしょう」
 気づけば口をついていた。

 ヴィルヘルムは兄を愛していた。いや、愛していたつもりだった。けれど、自分は兄を殺してしまった。
 王妃も息子であるコンラートを深く愛していたのだろう。だから、あの人はあんなにも傷ついている。

 このことからヴィルヘルムが学んだことは、一つ。
 誰かを強く思うことは、必ずしも人を幸せにはしないということだ。

「さあ、なんだろうね」

 ヴィルヘルムの想像がつかないほど長くの生を生き、この世の全てを見通しているような魔女でさえも答えはくれなかった。

「でもね」

 金色の目がヴィルヘルムを見上げてくる。ふっと、息を吐いて彼女はまた笑った。

「それは魔法を使っても決して、作れはしないものだ。だからボクはそれが見たい。それだけさ」
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