「君を愛することはない」と言った夫が、記憶だけ16歳に戻ってまた恋をしてきます
 例年、王太子の生誕祭は盛大に行われる。

 その日に合わせるために、花や木の魔法に長けた者達がこぞって王宮の庭園のリラの花に力を注ぐのだという。

 そうして見事満開になった花で彩られた庭園を見下ろせるバルコニーに、ヴィルヘルムその人が立つ。

 ひとつ大きく息を吸い込んで、彼はすっと目を閉じる。

 祈るように両手を広げれば、銀色の髪がふわりと浮かび上がる。生まれた風が可憐な花びらを攫っていって、軽やかに踊るようになる。

 瞬く間に辺りは一面の花吹雪に包まれる。見るも美しく幻想的な景色に、誰もがうっとりとため息をもらす。

 これはまるで、目を開けて見る夢のようだと。

 アンジェリカはこの四年、それを後ろから見つめていた。
 けれど、今年は違う。

「どうだ」

 すぐ隣に立つ夫は、彼にしては珍しく、得意げにそう訊ねてきた。
 自分は今、全ての花嵐の中心にいる。一番美しい景色を特等席で、この男と見ている。

 これは伊達や酔狂ではなく、国の内外に王太子の力を誇示するための儀式なのだと、頭では分かっている。それでも、その美しさに目を瞠らずにはいられない。

「きれい」

 見渡す限りの花と芳香に眩暈がするほどだった。
 舞い散る花の中に五枚の花びらのものを見つけて、アンジェリカは思わず手を伸ばす。

 どんなに訊ねても、ヴィルヘルムはぐらかすばかりでこの花の場所は教えてくれなかった。
 見事花びらを掴んだところで、体が微かにふらついた。すると、肩をぎゅっと抱き寄せられた。

 見上げれば、ヴィルヘルムの瞳に光が差して、宝石のように輝いた。アンジェリカの心を捉えて止まない、灰青の煌めき。

 一瞬息の吸い方が分からなくなるほど見惚れてから、本日一番大切なことをまだ口にしていなかったことに気が付いた。

「ヴィリー」

 随分悩んでからやっと決められた、今のヴィルヘルムを呼ぶ愛称。これを呼ぶと、彼はいつもとても嬉しそうにする。それなのに。

「ん?」

「お誕生日、おめでとうございます」
 アンジェリカがそう言うと、ゆっくりとヴィルヘルムは形のいい眉を顰めた。

「ああ」
「どうかされましたか?」
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