Existence *
ノックをする俺に、「はい」と返事が帰って来る。


「体調、どうですか?」

「思ったより良くてね。今のところ元気かな」

「良かったです」

「ごめんね、翔くん、いつも」

「いえ、ちょっと最近来れてなかったんで」

「無理して来なくていいから。美咲もね、ほんと毎日来るのよ」


申し訳ないって感じでお母さんは顔を顰めて笑みを漏らす。


「美咲はお母さんの事、大好きですから」

「私も好きよ。あの子が生きがいだった。ここでは何も語らないのよ。そこだけは昔と変わらないわ」


クスリと笑ったお母さんに俺も頬を緩める。

あの子が生きがいだった。


…――あんたが生きがいだって言ってた。


また優香に言われた言葉が頭の中を駆け巡った。

ほんと、同じ事ばかり言うよな。


「美咲、先生として頑張ってますよ。まぁ、家でもそんな多くは語らないですが」

「そう、良かった。今でもね思うの。留学させて良かったって」

「俺もそう思います。でも、俺は今――…」


少し後悔してます。

なんて言えなかった。

今になって、少し後悔が押し寄せてきた。


もし、あの時。

5年前美咲に伝えてたら、もっと、もっとお母さんとの時間があったのだろうにって。


「…後悔、しないで」

「……」


お母さんの言葉に俺は落としていた視線を上げる。

見つめる先のお母さんの表情に笑みが浮かんだ。


「翔くんがあの時、美咲を戻してたとしても、私が後悔するから。美咲が留学することが私の夢でもあったから」

「……」

「だから翔くんは何も思わないで。…ね?」

「……」

「ありがとう。美咲の傍に居てくれて。私は美咲の傍に居てくれる翔くんに感謝しかないです」


微笑んだお母さんを見て俺は病室を出る。

出た瞬間、頭上を見上げ、目を閉じて軽く息を吐いた。


ほんと、母親って――…


お袋とリンクして、どうしようもねぇわ。

最後に言われた。

後悔ばかりするとそこに執着してしまうって。

たまには忘れていいんだよ。って、


もう、昔の俺に言ってんだろ、それ。って思うような言葉が深く身に染みてしまった。
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