Existence *
「あ、…え?」


戸惑ったように小さく呟く美咲。

美咲の額に汗ばんだ光り。


「どした?」


いつもと違う美咲に俺は顔を顰めた。


「え?」

「頭、痛い?何度も擦ってた」

「あー…うん。ちょっと調子悪いだけ」


ちょっと?

俺にはそれがちょっとのレベルだとは思わなかった。

今まで見た事のない、美咲の姿。


「風邪?」

「うーん…分かんない」

「つか、もう何もすんなって。寝れば?」

「…うん」


そう言った美咲は暫くの間、ソファーに寝転んでいたけれど、すぐに起き上がってまた動き出す。

別にそんなの今しなくたっていいだろって思う事ばかりで。


「もー、美咲、寝ろよ」

「うん、これしたら寝るよ」

「これしたらって、さっきからそればっか言ってんだろうが」

「うん、でもこれだけ」


そう言って、アイロンをかけている美咲にため息を吐き出した。


「そんなの俺すっから寝ろって」

「うん」

「つか明日休みなんだから今しなくていいだろ」

「うん」


美咲の返してくる返事だけでも分かる。

疲れている声。

いや、むしろしんどそうな声。


ほぼ俺に対して、うん。しか言ってこねぇ美咲はアイロンが終わるとキッチンへ向かい、水を出し始めた。

ほんと、こいつは…


居てもたっても居られなくなった俺は立ち上がり、美咲の隣に行って出した水を止める。

今からここにある食器を洗おうとしている美咲の手を止め、その腕を引っ張った。


「風呂入って、寝ろ」

「えっ、」


そう言って、美咲を脱衣所へと連れていく。


「寝てくんねぇと俺が困るわ」

「……」

「風呂は入んのもしんどい?一緒に入ろうか?洗ってあげるけど」

「もぉ、大丈夫だよ」


頬を膨らませる美咲にクスクス笑って、俺は脱衣所の扉を閉めた。
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