Existence *
「はい、終わり」


だけど、香恋は泣きそうな顔でもう一度、俺に抱きつき離れようとはしない。

背伸びして耳元に顔を近づける香恋は「いや」小さく呟いた。


「香恋。もうダメ!翔くん仕事だから」


葵ちゃんの怒った声で香恋の顔がまた涙目になっていく。


「また今度してやっからな」


香恋の身体を離し、泣きそうに顔を歪める香恋の頭を数回撫ぜて、俺は立ちあがり美咲を見つめた。


「じゃあ、行くわ」

「え、あ…うん。行ってらっしゃい」

「おぅ」

「あれ?翔くん、上がってけば?」


足を進めて車に乗り込もうとした時、美咲のお母さんの声が背後から聞こえ、俺は振り返る。


「あー…今から仕事なんすよ」

「えっ、そうなの?」

「はい。すみません…」

「ごめんなさいね。わざわざ美咲を迎えに行ってくれて」

「いえ、また来ます」


軽く頭を下げ、俺は車に乗り込み、一旦マンションへと向かう。

そして作業着に着替えて俺はすぐに現場に足を運んだ。


「悪い、遅くなった」


ベンチに座ってタバコを咥え、スマホに視線を送ってる蓮斗が俺の声で顔を上げる。

そして笑みを漏らした。


「別に休んでも良かったんじゃね?」

「あー…人手足りてたって事?」

「人手は足りてねぇけどな。日曜日だから家族サービスしとけよ」

「は?家族サービスはお前だろうが」

「5年振りに会うのに仕事かよ」

「俺よりも母親だろ」

「あー…そっか。ここの作業もさぁ、あと少しで終わっから帰ってもう一度会いに行けば?」

「いや、そうにもいかねぇんだよ。次の仕事に関する話を聞きに行かなきゃいけねぇし、帰って勉強してぇし」

「忙しいねぇ、お前は。で、ここの仕事辞めるって美咲ちゃんには言ったのかよ」

「言ってねぇよ。まだちゃんと正式に決まった訳でもねぇし、曖昧なまま言ってもな」

「ふーん…」


蓮斗はタバコを咥えたままゆっくりと煙を吐き出し、見ていたスマホに文字を打ち込んでいた。
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