蒼天のグリモワール  〜最強のプリンセス・エリン〜

第61話 ベルメール湖

 朝食を終えたわたしは、打ち合わせの後、家の外に連れ出された。
 
「こんな感じかな? 手首、痛くない?」
「大丈夫」

 再び魔法使いのローブを着たエラが、ロープでわたしの手を優しく縛る。
 全然きつくない。というか、いつでも手首を引き抜けるゆるさだ。
 その横では保安官のドミニクが、妻であり強盗団のボスでもあるリリーに手首を縛ってもらっている。
 こちらも実際は、ゆるゆるだ。

「あれ? クルトはどうした?」
「もうレストランに出勤してったわよ。こっちは今日は不参加」
「そっか。残念だなぁ。あれ? ママ、俺のネクタイ、曲がってない? 直して直して」
「はいはい……」

 完全に朝の出勤風景だ。
 そうこうしているうちに、時間になったのか他の家々からも強盗団や保安官の格好をした人たちがぞろぞろと出てきた。
 皆、楽しそうに会話をしながら互いの服装チェックをしている。
 そりゃ家族で強盗サイドと保安官サイドに分かれてやってるんだもん、学芸会よね。

 用意が終わった強盗三十人、保安官十人はぞろぞろ歩いて裏の林に入った。
 太陽の光で霧が消えつつある中、雑木林を歩いてほんの五分で湖に出る。
 ベルメール強盗団の名前の元となったベルメール湖だ。
 昨夜は暗くて分からなかったが、こうして陽の光の下で見てみると向こう岸が見えないくらい大きい。

 これだけ大きければ観光名所になってもおかしくないのだが、町が貧乏で周辺の整備ができないということと、だだっ広いだけで特に何の特徴がないという無個性ぶりが相まって、観光客を呼ぶこともできない残念湖だ。

 そして、そこには先行して着いていた強盗が三名と、目隠しをされた署長が立っていた。
 
 ◇◆◇◆◇

「お、お前たち、無事だったか!! おのれ強盗団め、部下たちに手を出したらただじゃ済まないぞ!!」

 目隠しを外されたとたんに、署長が叫ぶ。
 目に怒りの炎を宿している。あぁ、この人、本気で部下たちのことを心配しているわ。心が痛むなぁ……。
 リリーがわたしの手首を縛っているロープを持って、ずいっと前に出た。
 あぁはい、打ち合わせ通りね、はいはい。

「署長さん、わたしはこの件から手を引くわ。元々通りがかっただけだし、こんなことで命を捨てるなんて馬鹿馬鹿しいもん。二度とこの町に足を踏み入れない。口外もしない。そう約束するだけで生きてこの町から出られるんだもの。署長さんもそうしましょ?」
「このワシに、悪に屈しろと言うのか! 目の前の悪事に目をつぶれと言うのか!」

 本気で怒っている。
 保安官の鑑だわね。
 そんな署長をリリーがねめつける。
 
「じゃ、部下たちが死んでもかまわないって言うのかい?」
「署長! 助けてください!!」

 すかさずドミニクが叫ぶ。
 夫婦だけあって息が合っている。
 ……お芝居だけど。

「ぐっ、しかし……」

 署長が折れてこの町から出て行けばこの町の人たちの勝ち。
 じゃ、署長が折れなかったら?
 睨み合う署長とリリー。
 しばし沈黙のときが流れる。
 とそこへ――。

「ここです! ここがベルメール湖です!」

 緊張感が高まる空間に、突如大きな声が響いた。

 ◇◆◇◆◇

 村人以外、誰も入ってこないはずの湖に続々と人がやってきた。
 若い男性に案内されて巨漢でライオンヘアのヒゲ男が、そして重そうな機材を抱えた集団が後に続くかたちでぞろぞろと林を割って入ってくる。

 予想もしていなかった事態に、そこにいる全員の動きが止まる。 
 リリーとドミニクが目を見開く。

「く、クルト!?」

 それはクルトだった。
 顎ヒゲをたくわえた男性を相手に一生懸命、湖の説明をしている。
 お芝居、好きねぇ……。下手だけど。 
 それを見た署長の目が輝く。 

「そ、そこの人たち! コイツらは強盗団だ! 手を貸してくれ!!」
「え? 何ですって? よく聞こえな……」

 ヒゲ男が芝居たっぷりにそちらを向いたまさにその瞬間。

 ザパパパパパパパパパパパパパ!!!!
「ウォォォォッォォォッォォォォオオオオオン!!」

 突如(とつじょ)とどろいた巨大な咆哮(ほうこう)に全員の目が湖に向く。
 次の瞬間、湖の中央辺りから水面を割って巨大生物の首が現れた。
 距離があって判別が難しいが、明らかに首の長い生き物だ。
 あまりの出来事に、なんちゃって強盗団の面々のアゴが落ちる。
 間髪入れず、ヒゲ男が大声で叫んだ。

「撮れ! 撮れ! あれだ!! 絶対に撮り逃すなよ!!」 
「はい!!」

 若手の男性スタッフが慌ててカメラを回す。
 クルトが素で喜んでいる。
 
「ね! ほら! いるって言ったじゃないですか!」
「ネーナ! 出ろ!」

 ヒゲ男がスタッフに向かって叫ぶと、紺のスーツを着た女性がマイク片手にカメラの前に出た。
 若干スカートが短く見えるのは気のせいだろうか。

「ね、ネーナ、お前……」

 禿げ頭の巨漢――強盗団のサブリーダーが目に見えて慌てている。
 あら、ここも親子関係だったっぽい。

「えー、皆さま、見えますでしょうか! 一般人男性の目撃情報を元に、ここベルメール湖にやってきたわたしたち取材スタッフは、早速、謎の怪獣『ベルメッシー』に出くわしました! 『ベルメッシー』は本当にいたのです!!」
「カメラ! 怪獣を追え! 録り逃がすな!!」

 怪獣が湖面スレスレを悠々と泳いでいる。
 一見ヘビかと見まごうくらい首が長いが、そこから繋がる身体はしっかりと膨らんでいる。既存の生物にはない形状だ。
 ……わたしが昨夜、エラの部屋をこっそり抜け出して、この湖の底に堆積していた泥をこねて作ったニセ生物なんだけど。
  
「そこのお嬢さん、見えますか?」

 リポーターの女性が不意にわたしの傍に寄ってきてマイクを向けてきた。
 まぁこういうときは、美少女を撮るものだしね。

 映るとマズいと思ったか、リリーがわたしの手首を縛っていたロープをパっと離して距離を取る。
 サブのカメラマンがちょっと小さなカメラを抱えて一緒にやってきて、こちらを写す。

 リポーターの右耳にもカメラマンの右耳にも、しっかり紅水晶(ローズクォーツ)のピアスが光っている。
 どちらもつい昨日、見た顔だ。 

 リポーターは『酔いどれこぶた亭』で歌っていた歌手。カメラマンは会計係だ。
 全部仕込み。
 レストラン『酔いどれこぶた亭』でハーゲンの言ったセリフが脳裏に浮かび上がる。

『向こうはお芝居で強盗やっているんだろ? だったら俺たちもお芝居で、強盗を続けられない状態にまで事態を引っくり返してやろうぜ?』

 横目でチラっとヒゲ男を見た。
 ヒゲ男がニンマリ顔で、こちらに向かって親指を立てている。
 はいはい、ここでわたしのセリフね? ちゃんと覚えているってば。
 わたしはカメラとマイクが向けられる中、女性リポーターに向かって真剣な表情で言った。

「実はわたしは通りがかりの霊能者(シャーマン)なのですが、あの怪獣こそ、この湖のヌシなのです!!」

 わたしは芝居がかった口調で、カメラに向かって叫んだのであった。
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