蒼天のグリモワール  〜最強のプリンセス・エリン〜

第62話 魔法か銃か

 リポーターは少し離れた場所で、情報のたれ込みをした男性――クルトに再び説明を聞き始めた。
 カメラマンもいるということは、インタビュー映像を撮影しているのだろう。

 残った他のカメラマンたちは全員湖岸に寄って、様々な角度から怪獣を撮影している。
 お陰で、それ以外の人たち――強盗も保安官も放置状態だ。
 わたしは困惑顔のリリーと相対した。
 
「ベルメッシーのお陰でこの町には観光客が大挙して押し寄せるわ。あまり時間は無いと思う。強盗団なんてやっている場合じゃないと思うけど?」
「この町に観光客が……。で、でも、ここには何もない! 何もないんだよ!?」
「あなたの優秀な息子さん――クルトがすでに、ベルメッシー饅頭を開発済みよ。そして、クルトから相談を受けた実業家のハーゲン氏が、湖周辺の整備に手を上げてくれたわ。近々お土産屋さんや食事処も建つ予定らしいけど、その際店員さんを大量募集するんですって。だからもう、この町に強盗団はいらないのよ」
「し、しかし! これはわたしの一存で終わらせることのできるものじゃないんだよ!!」

 リリーが叫びながら、わたしに詠唱銃(スペルキャスター)を向けた。
 だがその顔は、強盗の女ボスという町から与えられた責務と、普通の主婦に戻れるという希望のないまぜになった複雑な表情だ。

 わたしは手を縛っていたロープを悠々と引きちぎると、左手を前に差し出した。
 わたしの左目に六芒星が浮かび、金色に光り輝く。

「悪魔王ヴァル=アールよ。血の盟約に従い、我が力となれ!」
「はいよ!」

 どこから現れたか、二足歩行の白猫が走ってきてジャンプした。
 猫は空中で一回転すると、真っ白な魔導書に変化して、わたしの手に落ちる。
 なめし革の真っ白な表紙の中央に、金のエンボス加工で何かの紋様が浮かんでいる。
 ため息が出るほど綺麗である反面、見ているだけで底知れぬ恐怖を感じてくるその書こそ、悪魔の書の最高位。
 悪魔王ヴァル=アールを内包した地上最強の魔導書『蒼天のグリモワール』だ。

「エグレーデレ ヴィルガン ヴィルトゥーティス(出でよ、力の杖)!」

 途端に、わたしの足元を中心に暴風が吹き荒れた。
 風に吹かれたか、書はパラパラっとめくれると、ちょうどページの中ほどで止まり、そこで強烈に光を放った。
 光の中から真っ白な短杖(ワンド)が浮き出てくる。
 杖を抜き取ったわたしは、宙に魔法陣を描いた。

「悪魔王ヴァル=アールの名において、傀儡(くぐつ)の悪魔コーベリアに願いたてまつる。この場を我が絶対の支配圏とせんことを。プーパインパラディーソ(人形たちの楽園)!」

 目も開けていられないほどの眩い光が世界を染めた。

 ◇◆◇◆◇

 光はすぐに去り、通常の朝の状態に戻った。
 我を取り戻したリリーが、慌てて銃をわたしに向け直す。

 距離わずか五メートル。
 常時展開型の魔法防御壁のおかげで死にはしないものの、この距離からの六連発を食らえば、さしものわたしもダメージを負う。

「お嬢ちゃん何をした? 何をしようとしている?」

 わたしが魔法使いとしてとんでもない能力を持っているようだと分かったからか、その口調に若干の畏怖(いふ)が混じっているようだ。

「言ったでしょ? 強盗を続ける必要はないって」
「そうかもしれないが! これは町のプロジェクトなんだ! そして、腕を見込まれてあたしはそのボスになった! はいそうですかと簡単に辞められるわけないじゃないか!!」
「ハーゲンの事業計画書を見せてもらったけど、あれなら充分いけるわ。これからこの町は観光業で栄える。もうこんな真似をすることないのよ」
『黙れ! 辞めさせたいならここでわたしを倒してみせろ!』

 勇ましく啖呵(たんか)を切ったはずのリリーの顔が、セリフとは真逆に、驚愕(きょうがく)の色を帯びた。
 そりゃそうだ。言ってもいない言葉が口から勝手に出てくるのだから。
 わたしはニンマリ笑った。

『一騎打ちだ! 誰も手を出すな! 行くぞ!!』

 リリーは叫ぶと同時に銃弾六発を一気に放った。
 正確に心臓を狙って飛んできた光弾を身体を反らして(かわ)したわたしは、横っ飛びしながらエラに抱きついた。
 エラが慌てる。

「え? え? なになに!?」
「わたしの杖、返してもらうわね」

 エラの胸元から愛用のピンクの短杖をすり取ったわたしは、走りつつその先端をリリーに向けた。
 だが、リリーも戦意満々で反対方向に向かって走っている。
 銃の距離にしようとしているのだ。
 
 プーパインパラディーソ(人形たちの楽園)は、設定範囲内の全員の身体も思考も意のままに操る魔法だ。
 今、リリーに対して、言葉のみこちらの望むとおりに喋るように調整してある。
 他の人間は素でこの戦いを見守っている。
 それを悟ったリリーが、本気で抵抗しているのだ。
 素直じゃないこと。
 ならこっちも、二度と強盗なんかしようと思わないほど、全力で叩きのめしてあげるわ!

 次の瞬間、わたしを目がけて、とんでもない量の光弾が飛んできた。
 一瞬のセンシングで弾数を確認する。
 わぉ、二十四発? 六発入りの弾倉を一瞬で四回交換したってこと!? ちょっと多すぎ! 町にためにそこまで技を鍛え上げるなんて、真面目すぎるわよ!

 避けられない数の光弾がわたしを襲った。
 リリーが勝利の笑みを浮かべる。
 だが――。

「はい、ゲームオーバー。ホールドアップ!」

 次の瞬間、リリーの真後ろに立ったわたしは、その背中に短杖を突きつけた。
 敗北を悟ったリリーが、呆然とつぶやきながら銃を落とした。

「なんで? 全弾当たったはずなのに。何が起こった?」  
「……という夢を見ていたの、あなたは。本当は一発も銃を撃っていない。全部夢。術の発動と同時に、あなたは『それに抵抗する自分』の夢を見ていただけ。あー、大丈夫よ。他の人はまだ夢の中だから」

 わたしとリリーの視線の先に立つ人々が、まるでゾンビのような虚ろな目をして立っている。
 完全に意識が飛んでいる。

「クルトが報道陣を連れてきたのは、あなたたちにどうにかして強盗団を辞めて欲しかったからよ。今までは仕方のない部分もあったけど、これでこの町は観光の町として復活できる。子供に胸を張れないお仕事はもう終わりにして、これからは真っ当に生きなさい」
「でも署長は?」
「署長の夢の中では、ベルメール強盗団はボスが討たれて敗走したことになっている。先に他の人たちの目を覚ますわね。署長が目を覚ます前に全員の口裏合わせを終わらせないと」

 わたしはリリーの前に回って落ちていた詠唱銃を拾うと、その手に返した。
 もうこの銃はわたしを狙うことはない。

「グケキャァァァァァァァアアアアアア!!!!」 
 
 突如聞こえてきた大声に、わたしとリリーの視線がそちらを向かう。
 それは、気づかない内に視認できる位置にまで近寄ってきていたベルメッシーの叫び声だった。
 だが――。

「そんな馬鹿な……」

 わたしは呆然とつぶやいた。
 わたしが泥をこねて作ったものと違って、このベルメッシーには(つの)が生えていた。
 こんなの知らない。全体の形だって微妙に違う。そんなはずは……。

「あー、本物出ちゃったか。エリン製のと似ているけどな。こいつが本物のヌシだ。でも心配しなくっていいぞ、こいつは大人しいから」 

 二足歩行の白猫アルが、いつの間にかわたしの隣で腕を組んで立っていた。
 
「なんだ。いたんじゃん、本物……」

 思わず苦笑いが浮かぶ。
 そんなわたしの隣で、リリーが自分の手の中の銃を見て、フっと笑った。
 その顔には、何かに吹っ切れたような優しい表情が浮かんでいた。

 ◇◆◇◆◇

 翌日――。
 旅用の買い出しを終え、ミーティアに荷物を積み込んでいたわたしの後ろを、勢いよく駅馬車が通りすぎていった。
 馬車は満員。馬車にかかった看板からすると、行き先はベルメール湖のようだ。
 一台だけではない。ツアーのようで、何台も続けて通りすぎる。

「昨日の今日って反応早くない? あんた、何やったの?」

 わたしはすぐ隣に立つ大男を見上げた。
 ハーゲンだ。
 旅立ちの準備を手伝ってくれていたのだ。
 
「お姫さん。計画ってのは準備万端、全部配置し終えてからスタートするもんだ。前もって仕込んでおいた新聞の配達も、旅行会社のツアー企画の掲示も、昨日の朝、映像が魔法ネットワークに載ると同時に全開放した。それなりに金は使ったが、そんなものすぐ回収できる。要はタイミングさ」
「抜け目がないわねぇ」

 ハーゲンが荷物片手にニヤっと笑う。

「ついでに言うと、ベルメッシー像作成をお姫さんに依頼したのと同時に、タペストリーやらバッヂやら、各種土産品の作成もスタートしていた。まだ数日はクルトの饅頭屋のみだが、おっつけそっちも届くだろ。うーむ、自分の商才が怖くなるな。わっはっは!」
「はいはい。ま、好きにやりなさいよ」

 ハーゲンと別れたわたしは、町の出口に向かってミーティアを進ませた。
 知らず、頬がゆるむ。
 
「んー? なんだ? 何かいいことでもあったのか? エリン」

 ミーティアの背にもたれながら、アルが首をかしげる。

「別に? 八方丸く収まって、一件落着って思っただけよ」

 わたしは風に吹かれながら、フっと微笑んだ。
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