クリームソーダだけがおいしくなる魔法
注文は全部彼にまかせた。彼はファミリーレストランチェーンの営業部員でおいしいものを研究するのに余念がないし、そのほうが早いと思ったからだ。おなかすいてるし。
彼は待つことを苦にしない気の長いタイプだが、頼みごとをするとさくさくことを進める。世話焼きの才能がある。
にこやかに店員にほほ笑みかけ、ハキハキと迷いなく注文を終えた彼は、店員が厨房へと去るのを見届けてから私にほっとしたはにかみ笑いを見せた。咲きかけの桜のような。

あたりさわりのない近況報告と世間話で暇をつぶした。彼も私も実家は関東近郊で、就職を機にひとり暮らしを始めた。私は神田に住んでいて、彼は御茶ノ水に住んでいる。近いと言えば近いが、引っ越しの手伝い以降はおたがいの家へは行っていない。なんとなく。日に1度は連絡するようにしているけれど。なんとなく。

幼なじみの彼とは幼稚園から高校まで同じ場所に通っていた。家が近所で母親同士の仲がとても良い。彼はその美貌でひときわ目立つタイプだが、それをわずらわしく思っているのは一目瞭然だった。友だちと話すときは明るく笑ってハキハキしゃべるのに、私と会うときはぽつり、ぽつり、とドリップのコーヒーが落ちるように小さめの声で話す。鼻にかかった甘めのテノールを変声期に学校でからかわれて以来、自分の声に大きなコンプレックスを持っているのだった。

だからと言って私が会話の主導権を握ってハキハキ話すわけでもなく、リズムの違うドリップのコーヒーがぽつり、ぽつりと落ちていくだけの会話だ。はたから見たらお通夜だと思われるかもしれないが、これが私たちの通常運転だった。

レコードがかかった。聴いたことがあるようなないような曲。高音の女性歌手が切々と歌う。聴いたことがあるようなないような言語で。

手探りしているな、と思う。相手の機嫌を取りつつ自分の欲しい情報を手に入れようとやっきになっている。そんな話術を持ち合わせていないのに。小さい頃はよくいっしょに眠っていたのに。
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