クリームソーダだけがおいしくなる魔法
彼を見て声を上げるひとがいる。知らないひとだ。彼より少し年上に見える、ちょっとふっくらした男のひと。
「あ!」
彼がさっと立ち上がったので私もさっと立ち上がる。彼は深々と頭を下げて、
「先日はありがとうございました。とても勉強になりました。またよろしくお願いいたします」
と、ハキハキしつつ、店内のほかのお客に配慮した声量でそう言ってニコッと明るく笑った。仕事関係のひとかな?
私も深々と頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。またいっしょに勉強会しましょうね。
こちらは奥様ですか? はじめまして」
(え)

私はとっさに彼を見た。彼も私を見た。ビックリした顔で。ふっくらさんは日本のどこででも聞くありふれた苗字を名乗って、
気さくにほほ笑みかけてきた。

「い、いえ、わたしは、」
「えぇ、妻なんです」
(え)
彼の言葉に私はビックリする。何度か恋人と間違えられたこともあるし、恋人のフリをしてあいさつをしたこともあるけれど、
「妻」だと言われたのははじめてだ。(なんだか胸がもぞもぞする。もう帰って良いですか)
「そうだと思いました!
笑顔がそっくりですもの」
(えっ)

彼と私がぽかん、としている間に、ふっくら氏は「お邪魔しちゃいけませんね。じゃあ、また勉強会で!」と、
さっさと去っていってしまった。
「えぇ……」
私がぼうっとそのなんだか白くてまぁるいキャラクターみたいな背中を見送っていたら、
彼が小さく「座って」と言った。

無言が空になったグラスを満たしていく。手持ち無沙汰でグラタンをつついている。

「え、えと、なんの勉強会、」
「結婚してください」
「え」

彼は、
私の目を見て、小さくもはっきりした声でそう言った。
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