推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_7話:ウィリアム班

『報告が怠ったな、アンジュ・ブルナー2等陸曹。情報は新鮮度と初期対応が重要だぞ』

『申し訳ありません』

アルフレードが上司に報告しているのと同時刻。中央区本部、別館1階の最奥。
令嬢と偽アルフレードの件の報告しようと、班長であるウィリアムの目の前に立った瞬間、冒頭の台詞を投げられた。
精霊遣いのウィリアム・スミス。風の精霊と契約する彼は、日頃から精霊たちの力を借りて情報収集に精を出している。その過程で、アンジュの悩みなど既に把握していたよう。私情であろうと、多数の耳と目があるウィリアムには筒抜けである。逆に言えば、彼が掴んでいない場合が非常にまずい事態に陥っている訳ではあるのだが。

今、ウィリアムの相棒は不在である。話が外に漏れないよう、周囲の見回りに出ている。元々人の出入りが少ない別館、さらに奥まった場所に部屋を構えるウィリアム班には聞き耳を立てられる心配はほとんどないが、念には念を入れている。いつもは最愛のパートナーの横で、ふわふわと妖艶な笑みを浮かべ班員たちにちょっかいをかける彼女も、こと仕事となれば真面目であった。


アンジュとウィリアムの話に、同じく部屋で仕事をしていた副班長ツキヨと、アンジュの1つ下の後輩であるピーターも2人の話に耳を傾ける。

アンジュは持っている情報を包み隠さず伝える。既に知っているから聞かない、はウィリアムにはない選択だ。情報の差異がないか、知らないことはないか、アンジュの意見から新しい事実を気付けないか。個人の感想も全て、目の前の男は必ず話を一から聞く。

『なるほど。偽フレードは他の女も引き連れていた噂があるが、件の令嬢以外から接触は?』

『…い、え、ありません』

大きな真っ赤な瞳に驚愕の色がにじむ。その話は初めて聞いた。ポエテランジュの力の影響で得た、優秀な聴覚を役に立てていない。まさに宝の持ち腐れ。これはもう一度鍛錬が必須だと、アンジュは脳裏のやることリストに項目を加える。

『では。噂が事実だとして、何故令嬢1人だけで済んでいる?ほかの令嬢の聞き分けがいいのか?』

ウィリアムもアンジュが今まで数多くの女性に”突撃”されているのを知っている。その時に立ち会った時もある。故に、1人だけで済んでいるのかが疑問、いや違和感があるのだ。

『アンジュを恐れて来ないか。でしょうか』

ツキヨが話に加わる。同じく、自席で耳をすませていたペーターも、椅子ごとアンジュたちの方へと身体を向けた。

『その線もある。なら1人ずつ対応していけばいいが、仮に違うならば目的は?』

『純粋に考えれば、アルフレード先輩への印象操作ですか』

婚約者がいながら、他の女性と付き合う。男女問わず、責められる案件だ。
ただし。

『私がアルフレードに認められていないと匂わせることもできます』

化け物娘はやはりアルフレードを満足させれなかった。悪評は時に、一般認識をも覆す。

『ま、どれも偽物だとすればの仮定だな。本物のアルフレードが浮気しているかもしれんし。婚約者としてはどうだ?』

『無いと信じております。が、証拠はありません』

『証拠も物証もなければ無罪は難しいぞ』

アンジュは脇に抱えている、書類をウィリアムに差し出す。
受け取った彼が確認すれば、書類は2冊。
1冊は令嬢に関する調査資料。アンジュも独自で彼女の身辺を調査したものだ。名前はミア・ブラン。子爵令嬢で、両親と中央区河沿いに建てた屋敷に住んでいる。身長は170弱、体重は平均より軽め。体型をかなり意識していると、美容や運動、食事には一層気をつけているとのこと。25歳で、女子学園を卒業してから父親の仕事の手伝いをしている。魔術の心得や素質はなし。
同い年の婚約者がおり、昔からの幼馴染ではあるが、不仲…いや一方的に嫌っているのだとか。婚約者は軍に勤めているとのことで、調べを進めている。5つ年上の先輩で、アルフレードも加わっていた新人指導担当員の1人でもあった。現実で明るく、面倒見の良い優しい。仕事も丁寧だと評判だ。
2冊目は、彼女との会話から得た”偽アルフレード”との密会日。そして、本物のアルフレードが何をしていたかの報告書。全ての証言は集められなかったが、約7割で軍での残業姿や寮にいたのを目撃する人たちは確認できている。

ウィリアムはざっと目を通す。

『手をこまねいた訳じゃなさそうだな。俺の方でも調べてみよう』

『ありがとうございます。1点、質問よろしいでしょうか』

アルフレードの浮気の件がどこまで話が回っているのか。親友が言った通り囀り程度なのか、すでに広まって手の施しがつかない状況か。
ウィリアムはにやりと笑う。

『面白いことにな。軍内部では話はほとんど回っていない。笑えない冗談だと話題にすら上がってないんだよ。異動から特別訓練を経て、男性中央職員のアルフレードからアンジュへの愛の確実さをあちこちて話しているんだと」




『アルフレードは心底アンジュ・ブルナーを愛している。あれは追っかけるだけ人生を無駄にするに等しい』

『羨ましい限りだよ。婚約者と仲がいいって。ああなりたいもんだ』




ピーターは手を上げる。彼も以前その話を聞いたことがあったからだ。

『そう、なんですか』

そんな話が出回っているのか。アンジュは気恥ずかしさで身体が震える。副班長と後輩の暖かい目線で熱に浮かされないよう、必死に冷静に努める。

『中央男性兵士の中では一般常識になりつつあるみたいですよ。まぁ、まだ諦めない人はいるみたいですが…』

『情報ってのは皮だからな。不要なら取る、必要なら毒が含んでいようと食う。多角的に知りたくば、収集媒体を多様化しないといけない。ただ上流階級層には広まりつつある。ご実家は、どうするつもりだ?』

『ブルナー家は今回、大っぴらに動かないことになりました。犯人がわからない以上、泳がせるのが1番だと』




ーごめんなさい。けど今さら過ぎる話題。今までも沢山湧いてきたから。
 ここで私たちが派手に動けば、返って事実となり真実味が増してしまうわ。
 今は沈黙こそ正義。
 けどあまりにうるさいなら、その口を閉じに行きます。



冷静で綺麗な字ではあるが、微かに怒りを感じたのは家族だから。その証拠か、宿題に教材ー内容も、浮気やされた場合の断罪方法や相手への賠償についてであったーが膨大に送られてきた。

『参謀殿のご意向は理解した。ならこっちはこっちで動かせてもらう』

『お願いいたします。それでは昼食後、訓練に参加してまいります』

話はまとまった。
アンジュは敬礼すると、部屋を出ていく。彼女は午後から中央方面本部普通科分隊との対戦訓練である。これは中央本部長、さらには防衛大臣の許可も得た正式なものだ。
足音が完全に聞こえなくなってから、ツキヨは手を挙げる。

『班長、私からも1点宜しいですか』

『なぜアルフレードの件を調べるか、か?副班長』

ツキヨは頷いた。情報収集に徒労はないと断言するウィリアムであるが、下心はある。今回は確実に部下のプライベートに触れるため、碌でもない腹づもりならば殴り合ってでも止め、問題の落とし所を探らねばならない。
ウィリアムは指を4本立てた。

『理由は4つある。1つは興味本位。2つ目はランゲ家に恩を売れる』

人様の婚約者に色目を使う生物の生態観察。普段の情報収集では断片的にしか追えない。今回は初めから結末までの営みを知れる良い機会。ついでにランゲ家に一ミリの恩義でも感じさせれば、今後それをおねだりに使える。

アンジュたちの馴れ合いには全く興味ないと堂々宣言するウィリアムに、ツキヨの瞳が鋭く光った。ピーターは呆れを隠さず表に出す。やはり私的思惑があった。部下の色恋に興味がないだけマシではあるのか。
空気が冷えていくのを無視して、ウィリアムは話を続ける。

『3つ。アンジュ・ブルナーへの印象操作だった場合は即時解決の必要がある。200年ばかり続いた中央の独裁政治。代表がローランド公に代わり終結し、各領土との仲が回復している。が、西の末娘がこれ以上侮られれば、そろそろ国の均衡が崩れる。国は潰せん。そして4つ目だが』

丁度雲が光を遮り、部屋は薄暗くなった。
上司のいつにない真面目な顔つきに、ピーターは思わず息を呑む。

『企んでいるのが、特別訓練をしかけた奴ならば絶対に捕まらなければならん。確実に部下の破滅を狙う奴を、放っておけん』




こうして。

アルフレードの実家であるランゲ家にも話は行き渡り、令嬢と"偽物アルフレード"について情報は共有された。
それが1週前のこと。

騒動終結のために各自尽力している最中だ。
そして、ほぼ毎日令嬢はアンジュの元にやって来るのであった。
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