推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_10話①:今度の対策

場所を移ろう。
別館と違い、掃除の行き届いた立派な煉瓦造りの建物、その2階。魔がからたっぷり陽の光が入る中央方面本部普通科、エゼリオ班に与えられた部屋。
水面に映る姿に、アルフレードは倒れかけた。
間違い無く”アルフレード・ランゲ”だ。全く身に覚えのない裸の自分が、会ったことすらない女性との情事な場面。
共に確認したエゼリオもマーギッドも面食らっている。

「言い訳を聞こう?」

「無実です」

しっかり浮気を否定するも、証明できない。昨晩は1人、寮部屋にいた。犯人は1人でいる時間帯をわざと狙っているに違いない。
アルフレードは唸り声を上げる。
エゼリオがそっと水面をかき混ぜる。じっと確認すると、「これ6番地域か」と誰にでもなく問いかけた。中央区は23の地域に分かれ、それぞれの道に名前がつけられ、番地が振られている。
エゼリオの実家は10番地域。大分離れた場所であった。

「深夜1人で帰ったんだと。なぜ令嬢を置いていったのかな」

「置いてった?!あんな場所に女の子1人を?はぁ…その子は、特別じゃないってことか?」

エゼリオが大声を上げる。
6番地域の歓楽街は1番闇が深い。路地の奥まった場所にあり、犯罪に関わりがある人物らの潜伏場所にもなっている。男1人でも身の危険を感じる場所に、何も戦う手だけのない女性を1人残すなど正直あり得ない行為である。それも相手が大事ではない、何があっても構わないなら話は別である。

「長くいられない事情があったのか…まさか精霊に気づいた?」

「ならば探知能力に長けた人物ですね」

「つまり…アルフレードと体躯が近い、容姿を変える術を持ち、探知能力に長けている人物」

「本人でない、が前提か」

意地が悪くももっともな意見に、エゼリオは肩をすくめた。マーギットはウィリアムに資料を差し出す。

「アンジュ・ブルナー軍曹の調べを元に、さらに目撃者を捜索しました。また、エゼリオ班長の追加調べをまとめた資料になります」

ウィリアムは一枚ずつ確認する。瞳が左右に忙しなく動き、紙が捲れていく。

「複数連れていたとされたが…結局、令嬢1人の格好の違いだけか」

エゼリオ班の調査でも偽物の正体にはたどり着けなかったが、複数人連れている女性についての証拠は集められた。人相を確認すれば、メイクと格好を変えた同じ人物であった。複数人連れていた女性の噂は、これで否定された。

「ただのおしゃれか。まぁ人物の特定を防ぐ目的も?その割には男の姿は隠していないか」

「婚約者も含めた家族の交友関係に、大臣や貴族はおりましたから、もしかしたらアルフレードの姿で情報の引き抜きが目的かもしれません」

「今の所、ランゲ家に脅しは来ていないと兄から連絡がありました」

胃薬と友達になっている次兄コルラード。大臣秘書を務める彼や、軍の将校として働く両親にも誰も怪しい接触はないと、昨晩丁度手紙が届いたばかりだ。
相槌を打ちながら、資料を何度も捲るウィリアム。顎をかきながら、ぽつり「……目撃者がいるのか」と呟いた。あまりに小さな声であった為うまく聞き取れなかったアルフレードが聞き返すも、集中したウィリアムには届かない。
資料を睨みながらぶつぶつと独り言を繰り返していたが、ふと顔を上げた。

「これからどうする」

話の流れの切り替えが唐突すぎる。完全に彼のペースで、話が進んでいく。ウィリアムと一緒にエゼリオたちの元に来たツキヨは口を閉ざし、佇んでいる。

「精霊を、監視につけていただけませんか?」

ウィリアムの問いに、アルフレードは即答する。1人では何も証明できない。ならば、誰かが監視についていた方が良い。物理障害も関係ない相手が、監視には相応しいのだ。アンジュの家族、ポエテランジュの子どもたちに頼めば手っ取り早いのだが、婚約しているアルフレードは身内扱いされるために証拠とならない。
ウィリアムの協力者たちの目を借りたいのだ。

「気まぐれな精霊を、興味のないお前を常に監視するかは分からんが、無いよりはマシだろう」

「…………あと、アンジュとできるだけ一緒に過ごします」

「ほう。なら確率はもっと上がるか」

彼らとて生き物だ。感情がある。ウィリアムが頼もうと、報酬があろうと叶える義理はないのだ。生きている中で、なにか発見すれば、程度の熱量だ。人間のことなど基本、どうでもいい。
が…愛し子ならば話は変わる。幻想種の愛子、アンジュ。彼女の元には、妖精も精霊も、魔獣も神霊も駆けつける。側にいれば、必然と監視される仕組みになるのだ。
ウィリアムは胸ポケットから封筒を出す。渡されたアルフレードが中身を確かめれば鍵が入っていた。見覚えのあるそれは、アンジュが暮らす、借家の鍵だ。

「『渡せば意味が通じます』ってよ。上司をよく使うよな。お前さんの婚約者は図太いよ。利用するなんて思わんのかね」

「何をおっしゃいますか。彼女は貴方を信じてますよ」

普段から明るく振る舞う婚約者だが、誰かに頼み事をする場合は"信頼足る人物のみ"しか頼らない。ただの伝言のお願いですら、相応しい人物がいない場合は自分で事を終わらせる選択をする。隠される、壊される、風聴される、頼み事があったことすら無かったことにされる。今まで、そんな経験を受けてきた彼女を思えば、当たり前だと思われる。
借家の鍵なんてプライベートに関わる物を頼むウィリアムは、アンジュにとって信頼度は最高レベルの証明である。

「存外弱ってなさそうだな、アルフレード・ランゲ」

ウィリアムはわざとらしくため息を付く。

「あの令嬢の婚約者とは、最近話すのか?」

「………仕事で一緒になる事がありますから」

令嬢の婚約者とは、指導官として仕事を共にする。人付き合いが苦手なアルフレードを気をかけて、指導の教え方も教えてくれた。時間が合うときは飲みに誘ってくれもした、親切で仲の良い先輩である。
まさか彼の婚約者だとは。気まずさを通り越して、複雑極まりない。

「逃げずに関われよ。情報が得れる。お前に感情的に関わってくるなら尚更。相手への気遣いも大事だが、自分が一番大切にしたいものを優先しろ。譲ってばかりでは逃すからな」

「ただし、命は大切になさい。ウィリアム班長のやり方はかなり過激だから。襲われたら逃げなさい」

ウィリアムと共に部屋に訪れてから一切口を開かず、アルフレードの同行に目を光らせていたツキヨ。立ち去る間際にアルフレードを慮る言葉をかけると、彼女も立ち去っていった。
2人がいなくなると部屋の緊張は直ぐに、和らいだ。会話に加わっていない、同じく部屋にいた班員たちがたちまち姿勢を崩す。

「ふぁーすんごい緊張感…」

「突如現れては去っていく。名物の突風…素晴らしい鋭利さでした。私もまだまだ緩い」

ジリジリと追い詰められる緊張は、会議の比ではなかった。エゼリオも、マーギットも1日の仕事をやり遂げた感覚に陥っていた。

「にしても。アンジュ・ブルナーには、そんな力もあるか」

「全ての精霊たちが彼女に親しみを抱き、愛する。精霊(・・)の愛し子、ですか」

中央にいても各区の話はよく耳にする。アンジュ・ブルナーに至っては様々あるが、全ての精霊たちが彼女に親しみを抱き、愛する"愛し子"だと。彼女の祖父も"精霊の愛し子"で、契約する相棒は居ない。2人揃えば、雅な精霊らが集まり、周囲は極楽のようになる。そんな話を聞いたことがあった。
アルフレードは上司の言葉に頷くも、一箇所だけ訂正を入れた。

「アンジュは愛し子です。ただし、精霊だけではありません」

紡がれたアルフレードの説明に、アンジュ・ブルナーの特異性に改めて驚かされるエゼリオとマーギッドであった。





こうして午前中は時間が過ぎ、防衛局は午後を迎えた。





「アルフレード、後で打ち合わせいいか?」

昼食後、隊全体対戦訓練を終わらせたアルフレード。
汗を流し着替えていると、アルフレードは声をかけられた。その声に緊張が走り、身体が固まるも不自然にならない様に彼と向き合った。

「はい、大丈夫です」

「そうか。ならいつもの打ち合わせ室で待っている」

先輩を見送り、急いで身支度を整えたアルフレードは場所へ向かう。
呼び出された要件は次の訓練内容の確認であった。軍学校生の仮配属がなくなっても、入ってきた新人への指導が無くなった訳ではない。
話は雑談を交えながら穏やかに進んでいく。しかし対面相手は気を抜いてはいけない。見えない位置で手に力を込めて話を聞いていると、彼は優しく微笑んだ。

「そんなに緊張するな。むしろ申し訳なくてしょうがないんだ」

彼から、いや冷静に話が上がるとは思っていなかった。いつも通りに接してくれるため、知らないとも考えていたアルフレードは衝撃で言葉に詰まる。
そう、正面に座る先輩こそ、”アルフレード”と関係していると風潮する令嬢の婚約者なのだ。彼は怒りも憎しみもなく、ただ呆れが滲んでいた。

「彼女は俺に公言してるから。否定してるんだが、信じなくてな。最近は俺じゃ会ってくれもしない…。いらぬ疑いを掛けられて、さぞ迷惑だろ」

「信じて、くださるのですか?」

「たった1人しか愛していないお前を、どう疑えと?俺たちは分かってるよ」

大きな声で笑う彼の言葉に嘘を感じなかった。訓練資料をアルフレードに渡すと、彼は優しく肩を叩いた。アルフレードはしっかりと前を見る。少しだけ下がる目線に、柔らかな空色の瞳と合う。

「大切になアルフレード。自分を愛してくれる人を」

「はい」

「俺が言えたギリじゃないが。婚約者にこそ、気にするなと伝えて置いてくれ。君の隣を奪える女性など居ないとね。それじゃあ」

立ち去る先輩に、深くアルフレードは頭を下げるのであった。
念の為、先輩が令嬢の浮気の件を知っており、アルフレードの事を疑っていない旨を上司に伝えれば、2人は複雑な表情を浮かべていた。
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