推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_11話:不安とわがままと女心

『気にしないように』

と、言われても。ずっと喉に小骨が引っかかった違和感がある。

『貴方みたいなちんちくりんが、彼のタイプだと信じているなら可哀想だわ』

(アルフレードの好み…か)

今日は、アンジュは未来の義母と義姉とファッションデザイナーのアトリエを訪れていた。
長年ブルナー家の衣装を手がけている縫製職人も参加する、本気の打ち合わせ。題材はもちろん、花祭りで着用するドレス、そしてパートナーのタキシードについてである。

通常であれば、男性から女性へドレスを置くのだが、今回それが逆転したきっかけは、以前も話した通りアンジュの未来の義姉、ロベアターアルフレードの2番目の兄コルラードの婚約者。物の言い方はきついが、心優しい娘であるーの提案だ。かねてより似たタキシードしか着ない婚約者を、好き勝手にしてみたかったロベアタ。さらにトゥーダの兼ねてからの望み『義娘たちとお揃いを着たい』を武器に、ランゲ家男性陣から夜会服制作の主導権を奪取した。
女性が男性にタキシードを贈ることなど滅多にない。新しい試みにデザイナーたちの気分も乗り、楽しく、賑やかに進められた夜会服作り。
パートナーとは色と小物で合わせ、女性陣は基本のドレスラインや生地、素材をリンクさせた。トップスの違いで個性も表現する。
この間、衣装の仮縫いが出来上がったと連絡があった。また縫製職人から、合わせて相談したいことがあるとの事で、今日はそれらの確認である。

後少しすれば完成する服を前に、アンジュは…イマイチ集中しきれずにいた。
毎日アンジュに喧嘩を売りに来る令嬢の言葉が、思考を邪魔をするのだ。

(アルフレードの好み。むむむ)

アンジュは無意識に唇を尖らせた。何年も近くにいたにもかかわらず、好み傾向の調査、自己開発を怠った自分を呪う。
諸君ならば、アルフレードの好み=アンジュ、だと考えるに違いない。彼女の家族も親友たちも、そしてここにいるアンジュ以外の4人も間違いなく即答した。しかし、相手はアンジュだ。思い込むと止まらない。何よりアルフレードとて1人の男性。言葉は嘘ではなく本心だとは理解しているものの、本人もわかっていないだけで、好みや癖はあるはずだと考えていた。
かわいい系、元気系、綺麗系、お淑やか系、セクシー系…。
令嬢は大人っぽく、少し色香の強いタイプであった。
まだ偽アルフレードの正体をつかめていないが、もし婚約者の好みを反映しといるならば。

(アルフレードは大人っぽい方が好みかもしれない?)

完成寸前のドレスは、背の高い婚約者と並んでも見栄えするよう、ボリュームがあるデザインだ。華美にならないよう、できるだけシンプルに纏めたが、どちらかと言えば可愛らしい系統である。
涼やかな目元と、髪や瞳の色合いから、シンプルであったり落ち着いたシックなトーンがアルフレードには1番似合う。
目が大きく、陽気な雰囲気を纏うアンジュとは似合う系統に違いがある。無理に揃えるよりも似合う服を着た方が良いと、絶妙に調整を重ねた衣装は、今からでも素晴らしい出来栄えになると確信できる一着。

それなのに、少し不安な気持ちになってしまう。
思考が沈みつつあることに気がついたアンジュは、静かに己の拳を握りしめる。

(ダメダメ。考え過ぎ、考え過ぎ)

毒に侵されてはいけない。意識を切り替えようと、アナベルは細く息を吐き、静かに吸い込む。

ふと、壁に飾られた絵が目に入った。
デザイナーが今まで手がけたドレスのデザイン画であろうか。中には大胆なデザインのものがあり、スレンダーで高い背丈こそ華やかに見える。この様な女性ならば、アルフレードに並んでも遜色ないだろう。
同じドレスを着たとしても、真逆のプロモーションであるアンジュには似合わない。

「そのデザインは、アンジュに似合わないと思う」

バッサリ、隣から切られた。断言したのはロベアタだ。

「私もそう思います。子供が大人の真似っこしてるみたいになっちゃいますよね」

苦笑するアンジュに、ロベアタは首を横に振る。

「ううん、そのデザインが似合わないって話。私にも合わないし。いいよね、挑発的な感じも。わたしも興味あるんだー。アンジュも?」

ロベアタは肘を置き、微笑む。余裕を感じる仕草は大人らしい。こういった女性が似合うと思っているのだが、違うのだろうか。こちらを見つめる黄金の瞳に、アンジュはおずおずと頷いた。

「…いつかは、着てみるのもいいかな、と思っています」

すると義姉は「甘ぃ!」と勢いよく立ち上がった。彼女は感情のままに行動する癖がある。慣れきったデザイナーと義母は、静かに義娘たちの様子を伺っている。

「いつかじゃなくて、今でしょ!まだ少しデザイン動かせるよね?」

百戦錬磨の職人たちは力強く応えた。

「お任せください」

「よし、路線調整!大人っぽくいってみよう!」

ロベアタは高らかに宣言する。まさかの展開にアンジュは酷く狼狽えた。細やかな悩みに、数ヶ月かけて整えた衣装を変えるなど、あってはならない。

「いや!今のドレス、最高に素敵ですし、変える必要は」

「ございます。アンジュ様。必須です」

アンジュの言葉を遮ったのは、1番苦労するはずのデザイナーたちであった。

「ドレスを着る時、一切の不安や疑問があってはいけません。心の持ちようもアクセサリーとなるからです。心に曇りがあるならば、途端に輝きを失ってしまう…。ですから、アンジュ様。今のご希望をお聞かせください。ふさわしい一着を、パートナー様との一夜に華を咲かせるドレスをご用意させてください」

「アンジュさま。今年の花祭りは、今年だけです。ようやくアルフレード様と出席できるのです。思い残しがないようにしましょう?」

公の場に不慣れな上、オシャレにも疎いアンジュに、時には厳しい意見を交わしながらもしっかり寄り添ってきたデザイナーたちの言葉。
それでも、アンジュは頷こうとしなかった。今のドレスとて、素晴らしいからだ。着れば間違いなく、美しくなる。不備も不満もない。問題は毒に侵された心の方だ。

「このドレスを着れないのも後悔します。また来年があるのです。その時に、お願いします」

「そうですか?困りました…。それではこちらをどうしましょう」

頬に手を添え、困り顔になった職人が魔法陣を展開。デスクに現れたのは、微かな光で輝いている金と、銀のレース生地であった。
現れた品物に、デザイナーは勢いよく立ち上がると身を乗り出した。

「これは!」

「土と魔の尾族が編んだ、レース生地でございます。彼らが丹精込めて育てた黄金と白銀の稲穂。その繊維を絹糸よりも細く紡ぎ、柔らかく儚く重ねた大変肌触りの柔らかな布地。極めた細美模様の組み合わせ次第で、世界で唯一となります」

説明を聞きながら、ごくりとデザイナーが喉を大きく鳴らす。1年に1度、金銀合わせてたった10品しか出回らない。国が離れていれば、喉から手が出ようと入手自体、非常に難しい一品だ。
アンジュの脳裏に、気づくろいの行き届いた毛を輝かせる妖狐の顔が浮かぶ。アンジュがだいぶ幼い頃、彼女の困り事ー彼女の母親から受け継いだ針をなくしたのを、アンジュが探し出したーに手を貸したことがあった。ほんの少しの手助けであったが、大分感謝され、個人的に手紙のやり取りもしている1人だ。アルフレードと夜会に参加すると以前の手紙に記したのを思い出した。

「花祭りに、ぜひ使っていただきたいと。この度、ブルナー家皆様のお衣装にも使用する運びとなりましたのでお持ちいたしました」

相談したい件とは、この布の事であった。縫製職人より手渡され、デザイナーは丁重に、丁寧に受け取る。光を反射し緻密に編まれたレース地に、トゥーダもロベアタもため息を漏らした。
目線がアンジュに集まった。ドレスの変更をするか否かは、彼女の判断にかかっている。

「今のデザインも十二分に素敵ですが、より先を目指すのも、最適な場合がございます。この生地に合わせるならば、よりふさわしい形に変えた方が良い…。素晴らしい生地に、優れたデザイナーに職人…そして似合う人物が揃っております。それに…」


ー間際になってごめんなさい。無理にとは言いませんから。
 でも…お召しになられたら、お写真?をお送りくださいね


「と、お言葉もいただいております」

押しの一言に、アンジュは決めた。多くの人々に甘えているが、今回は全力で我儘も遂行することにした。

「ご迷惑をお掛けする事にします。いただいたレース生地で、大人っぽいデザインのドレスをお願いします!」

「はい、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

改めてデザインの見直しである。
最新のドレスカタログに、スケッチブックに描いていく。
ロベアタが率先して意見を出して行く。

「今のドレスラインは良いと思う。私たちの魅力って、やっぱり愛らしさじゃない?けどやっぱり垣間見れる鋭さっというか…気品強さは残したい!」

「でしたら、トップスのデザインは変えるべきです。雰囲気と合わなくなりますから」

「肌はあまり出したくないが、このレースなら大丈夫だろうな」

「重ね具合で面白いほど透け感が変わりますから、品良く纏められるかと。その上軽くて丈夫ですから安心です」

紙や布を広げ、実際にトルソーに布を当てながら5人は話を進める。アンジュたちが目指す大人っぽさと、世間一般的の大人っぽさ、2つの塩梅を探り個性と美しさも表現できるドレス。瞳に光をいっぱいに取り入れて、口角が上がりきっているデザイナーが、鉛筆と消しゴムで画を何枚も描き起こす。

「これは素敵なデザインだ」

結果、ベースの形は変えずにトップスと、細かな飾りを変更する方向性で纏まった。レース生地は目の引く部分で、その細かさを活かしてドレスの肌色を調節する役割も担う。

「ますます楽しみになってきた!」

「楽しめるのが1番。それに夢だったんだ。娘たちとお揃いのコーディネート」

胸に手を当て、遠くを見るトゥーダ。大きく息を吸い、吐く息は微かに震えていた。



縫製職人はしばらく泊まり込むと、今回はアトリエで別れることになった。アンジュはひっそりと縫製職人に目線を送れば、彼女の意を汲んだ職人は1つ頷いた。

打ち合わせを終え、数時間ぶりに外に出れば空の色は紺色を帯びていた。
アンジュは改めて頭を下げる。

「急なわがままを聞いてくださり、本当にありがとうございます」

いい機会をもらえたと、興奮が収まらないのかデザイナーの口角は下がらないままであった。これから眠る時間が削られる日々が待っているというのに、濃い高級品のレース生地と、かつてない試みに挑戦できる機会が何よりも楽しみにしている。作ることばかりに夢中な縫製職人も、普段と変わりない。頼もし過ぎる限りだ。


2人に見送られ、大通りまで3人は歩いていく。トゥーダとロベアタはそこで馬車を拾い、ランゲ家屋敷に戻る。アンジュは本部へと赴き、退勤するアルフレードと待ち合わせだ。
路の端に雪が寄せられている。子供の背丈ほどの雪だるまも紛れていた。ロベアタが雪を掴み、玉を作りその横に小さなだるまを作っていく。

「特別な布も分けていただいた件は、改めてお礼をお伝えせねばな。何から何まで、私たちは義理家族に迷惑をかけてしまう。ロベアタも、いつも気苦労をかけているな」

トゥーダはしみじみと呟いた。アンジュに関してはアルフレードについて。今報告が上がっている令嬢の件も含めて、今まで息子をめぐり多くの女性や外部妨害があったことを詫びている。
ロベアタはランゲ家と長い付き合いがある。婚約者であるコルラードとは幼馴染で、彼女の父親は彼の師匠だった時もあった。兄弟の大喧嘩も、父親のやりすぎる指導改善にも、アルフレードの大人気ぶりにも率先して立ち向かって来た。事情を知るロベアタの侍女は『迷惑どころの話しではない』と長く語り始めるほどである。持ち前の明るく忍耐強い性格にランゲ家族は支えられているのである。

「本当ですよぉ!けど好きでやってるから、畏まらないでください」

冗談めかしに笑うロベアタ。こう言った切り返しができるのも彼女の性格と、付き合い故。なかなかできる事ではないと、アンジュは密かに憧れている。

「私も、です。それにどんなことがあっても、譲る気はありません」

「頼もしい!そのいきだよ、アンジュ!勝負は全力で行って、倒しにいこ」

ロベアタの瞳は真剣だ。彼女は喧嘩を売ってくる令嬢のことで、アンジュが悩んでいると察したのだ。これは今全力で戦わねばならない。運良く目の前には最高のデザイナーと、西お抱えの優秀過ぎる職人がいる。ありがたいことに、彼らはも乗ってくれた。これはきちんとした形で彼らに返さないといけない。
この花祭りは、絶対に成功させたい。周囲に知らしめたいのだ。ランゲ家には、アルフレードには、自分の義理の妹はアンジュ以外にいないのだと。

作り上げた3つの小雪だるまを置いたロベアタは濡れた手をハンカチで拭い、アンジュとトゥーダと腕を組む。
3人は仲良く肩を並べ、帰路を歩んでいった。



そしてアンジュは2人と別れ、アルフレードとの待ち合わせ場所へと向かう。
その足取りは実に軽いものであった。


こうして、打ち合わせは和気藹々と幕を閉じた。

好みなど本人に聞けばいいものを、アンジュの悩みにロベアタらの勢いが拍車をかけて、路線変更した花祭りのドレス。
これがアルフレード、だけでなくコルラード達まで大きく乱すことになるのだが…。
これはまだ少し先の話だ。
今は横に置いといて、日常に戻ろう。
< 44 / 74 >

この作品をシェア

pagetop