推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_12話:麗しきご令嬢との修羅場①

日常とは、かくも過酷な日々でもある。
人々の優しさに触れ、新しいドレスに浮かれていたアンジュの心は…すっかり沈んでいた。

「ねぇ、いつ彼を解放してくれるの?」

理由は明白。件の令嬢がやって来たからだ。
ミア・ブラン子爵令嬢。上品でゆったりとした所作に、手入れの行き届いた艶のある真っ白な肌に黒髪、シャープに整った眉に、深い色の口紅で色づいた唇は自信に満ちている。
相対する分には、その美しさは目の保養となるが、今日も今日とて彼女の厚みのある唇から留めなく流されるのは”アルフレード”とのこと。
当事者であるアンジュは”アルフレード”捜査に参加できないため、引き続き令嬢から情報を得るほかに協力する方法がない。しかし自分の婚約者を堂々と不貞を働いているなど話す女性と、すでに2ヶ月近く付き合っている。
考えるだけで耐えられない。よく我慢していると全力で褒めたい。アンジュの我慢強さには感服の言葉に尽きるが、流石の彼女も、毎日似た話しかしてこない令嬢の相手に苛立ちが募っていた。問題解決が優先だが、辟易してしまう彼女の心情は当たり前である。
協力してもらっている幻獣種から、少しずつ情報が集まっている。”アルフレード”が女性を連れて、そういった目的の宿に泊まっている。出入りした証言も、後の物的証拠も揃いつつある。
合わせて、”アルフレードがアルフレードではない証拠も集まっている。
令嬢は昨晩一緒に過ごしたと幸せそうに語るが、アンジュと過ごしていたのは監視役以外からも報告があがっている。今日も今日とて、彼女と”アルフレード”との濃密な時間が語られる。右の首筋にある黒子が色っぽいとか、右肩の傷が痛々しいが勇ましいとか。もっと過激な内容は割愛させてもらうが、仕事終わりに聞くには内容が重い。

「アルフレードに会いにいけばいいじゃない」

いつもは黙って聞くだけにとどまっていたアンジュは、今日は一歩踏み込んだ。
いつもアンジュ1人の時にやってくる彼女。なぜアルフレードと一緒の時に来ないのか。

「普段は会わないよう言われてるの。仮でも婚約者のいる場所に私が来れば、責められると。彼は優しいから…」

うっとり。
目を蕩けた彼女に、アンジュの背中は気持ち悪さで汗がダラダラと流れ、湿っている。
家族にも職場にも存在を隠す相手など、まともではないだろうに。調べては最近は仕事はまともに行っておらず、ドレスや美容への出費が増えている。それで親との喧嘩も増えているのだとか。悪循環が過ぎる。それにも気づいていないのだ。初対面の時には、知的さも伺えていた女性は、今や夢のみを追いかけている幼稚さが浮き彫りになっている。

「貴女だって、婚約者がいるのでしょう?」

「元々私たちは親の都合で決められた結婚相手。こっちは、あんなつまらない奴なんか願い下げよ。何言っても真面目な答えばかり。あ、なら差し上げるわ。お似合いよ?アルフレード様と同じ軍人だから、肩書きの代わりにはなるわ」

「彼には悪いと思ってないの?家族は?貴方の行いで、どれだけ迷惑かけると?」

現実を突きつけてみるも、令嬢は飄々としている。婚約者をあげるなどと、笑えもしない提案をしてくる彼女にアンジュは顔が引きつる。

「今時貴族に愛人がいないなんて、花畑なのね?こっちは人生を家のために捧げるのだもの。真実の愛ぐらい見逃されるべきよ。ブルナー家は恋愛結婚主義なんでしょ?そんな家に、私たちみたいな他と繋がらないと生きていけない貴族を責めないでほしいわね。『貴族だからって愛人がいていい理由はない?』貴方も、アイツと一緒。硬いわ。本当にお似合い。2人が一緒になればいいのよ。やっぱりいい考えだわ!アルフレード様に提案してみましょ」

ブルナー家族の歴史は、恋愛の末に結婚するか、独りで身を謳歌してきた。初代が孤児であり、治めている土地もかつて彼が仲間とポエテランジュと必死に守っていただけだ。争いの絶えない時代でもあったので必死に守ってきたが、場合によって他の土地と統合しても良かった。故に子孫たちも自分でできる仕事に勤めて、人生を送ってきたのだ。結果的に、アンジュたちの代まで血脈が続いたのだから奇跡とも言える。
故に、アンジュには令嬢の境遇については何も言う資格がない。愛人や、外の交流が生きる上で息抜きになるなどと納得できなくとも、そう言う生き方があるのだと思うだけだ。

しかし今は、自分の婚約者についてだ喧嘩を売られているのだから、引くことはしない。

「あぁ、アルフレード様と一緒になれる。皆んなが羨む彼と、未来も輝かしい生活を送るの。今よりももっと美しくなるわ。ずっと、ずっと幸せになるわ」

音符が舞うように上機嫌となった令嬢。アルフレードと一緒になれる事を喜んでいるようだ。

「貴女が好きなのは、アルフレード?それともアルフレードに愛される自分?」

「なんですって?」

話題が切り替えられた。アンジュの問いに、整った令嬢の眉は大きく歪む。自分の愛を疑う、略奪者に腹を立てた。彼女の顔が真っ赤に染まる。

「みんなが羨むって、そうでなければ一緒にならないの?輝かしい未来なんて、この先本当に来るかわからないのに。あなたの話すアルフレードは、物語の王子様みたい。めでたしめでたしと終わる。だけど彼だって普通の人間…と言い切るには少し難しい面はあるけど、悩み迷う、失敗もする。風邪も怪我もする。単純なことに喜ぶ、ただの人」

「そんな訳ないじゃない!貴方長く彼の近くで何を見てたの?彼と共にいれば、確実に幸せになるんだから」

(あぁ、この女性は)

一歩踏み込んで、言葉の奥底に沈んでいた本音が見えてきた。彼女が本当に望んでいるのは、一体何か。本当は結婚でもないかもしれない。幸せだ。自分の幸せ。確実に、自分が死ぬまで輝かしい幸福の中で生きられる、その望みをアルフレードに求めているのだ。本当は誰でも良かったのかもしれないが、中央区にいればアルフレードの噂をよく耳にしたのだろう。

なんでも器用にこなして、頭の良いアルフレード。
仲の良い軍将校の親を持ち、本人も最優秀成績で卒業した軍人。
容姿端麗、化け物娘も愛する情の深い男性。
彼に愛されれば、未来も安泰に違いない。その上、今より良い人生になる。

確かに、令嬢と付き合う”アルフレード”のアプローチや振る舞いは理想的であった。女性を優先し、喜ばせる甘い言葉。優しい笑みに、積極的な行動。
噂は時に、真実を凌駕する。全くの偽物であっても、信じたものがそれを是とすれば本物となる。

しかし嘘は嘘、偽物は偽物、噂は噂でしかない。認めるわけにはいかない。いや、絶対に認めない。

「本人の近くにすらいない貴女に言われたくありません。何度でも言います。アルフレード・ランゲは、ただの男の人です。なにより、私の婚約者。誰にも譲りません」

真っ赤な瞳が令嬢を捉える。血よりも赤い色に、ぞっと寒気がした令嬢は一歩後ずさると、立ち去っていった。
残されたアンジュ。1つ息を大きく吐く。心のわだかまりも無くしたかったが、残念なことにそれは滞留したまま。少し令嬢と偽アルフレードの言動が解明されただけでも、良いことだと思う他、今は慰めれない。

「彼女の期待を叶えてる…”誰かから見た"アルフレード、か」

アンジュは自分の言葉に腕を組み、首を捻る。じっと足元に目線を落とす。

「…その割にやってる事は違う?」

偽アルフレードの振る舞いは、理想的。
恐らく女性への扱いは、彼女の希望。
ではなぜ危ない場所で、彼女を放置するのか。

それは、犯人の本音か。





「なるほど。面白い着眼点だ。誰かの望みを叶える、ならその者の望みを知る人物とも言えるな」

翌日。アンジュは令嬢と接触した件を班員に共有した。憂鬱な気分を反転させた、青空が広がる日。花祭りの準備も刻々と進み、街が華やかさが増してきている。行き交う人々もどこか楽しそうだ。
ブルナー領も、徐々に雪が溶けて湖の水量が増えてきていると今朝届いた兄や姉からの手紙に記されていた。春が少しずつ近づいてきている証しである。

アンジュの話に、班長ウィリアムは頷いた。何度も何度も、言葉を噛みしめるように頭を上下に揺らしている。その様子に、アンジュは1つの可能性に行き着いた。

「ウィリアム班長、実は目星か付いているのではないですか?」

「現段階では捜査対象を狭めるのは得策じゃない。まだ調べる対象は山ほどいるからな」

かつてアルフレードをきっかけに、婚約を解消された男子や恋人に振られた青年。
彼を思うばかりに犯罪に手をかけた犯人の家族。
先生に目を掛けられ、成績の良いアルフレードを妬む学生。
理想が高くなり過ぎて子供が結婚の選択をしなくなった貴族の親。逆に、娘との結婚を断られた軍将校など。
アルフレード本人、ランゲ家からの聞き取りで判明した容疑者一覧。アンジュとは別のベクトルでアルフレードに腹を据えかねている相手が多い事が明らかになり、人の深さが垣間見れる。

「人気者も大変、なんて言葉は単純すぎるか」

その人気者の婚約者である、部下に目を向ける。報告が終わった彼女は再び写し石を盆に落とし、水面を睨んでいた。

「それで、まだ時間かかりそうか?」

以前彼女はアルフレードに違和感があると話していた。健康診断書を盗み見ることはできても、細かな特徴などウィリアムでも把握できない。ここは婚約者でもあるアンジュに気づいてもらう他方法がないのだ。大勢の前でアルフレードを全裸にしなければならないが、それは最終手段である。

「……班長、1点ご質問が」

「なんだ」

「肌を確認するには、やはり脱いでもらうしかないでしょうか」

縋る目を向ける部下を、ウィリアムは容赦なく突き放す。その表情には完全に呆れが滲んでいた。

「何悠長な事を抜かしている。大丈夫だ。アルフレード・ランゲならお前のためなら潔く脱ぐ」

「班長、セクハラです」

ツキヨがすかさずウィリアムに非難する。ウィリアムは表情を歪ませ抗議する。

「質問の方がセクハラじゃないのか?」

アンジュはがっくし、肩を落とす。碌な代替案を貰えないばかりか、無駄に上司の小言が増えただけ。婚約者と言えど肌を見る、見せるなどプライバシーの侵害である。入浴後は確かに服を着ない事が多いが、蒸れたくないと体質的な悩みからだ。彼も別に肌を見せたい訳ではない。だからこそ悩んでいるというのに。

「けど、もうなぁ。多分、そうだよなぁ」

ウィリアムの意見ももっともである。いい加減、証拠の1つでも掴まなければならない。
アンジュが睨んでいた水面に写っているのは、裸のアルフレード。

彼の太ももに特徴的なホクロがある。
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