推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_16話:夜明け

「召喚公、お疲れ様です」

「お疲れ様です。夜…ってもう直ぐ朝ですかね。本部長自ら、恐れ入ります」

「領主である貴方に言われたら立つ背がないですよ。ふふふ」

最西防衛支部の屋上。厳しい見張の目が光る中、2人の男がいた。
1人はアンジュの兄であり、そして西区を治めるブルナー家当主・召喚公のライオネル。雪よりも温かさを感じる白色のコートや防寒具で身を包んでいる。彼の傍には大精霊、ポエテランジュが控えていた。
もう1人は、西地方本部長である。50を超え先の戦争にも従軍したことがある将校は、積み上げた戦歴を体現するように恰幅が良い。しかし幾ばくか丸みを帯び、自信なさげな眉が特徴であるため威厳は損なわれている。しっかりと身につけた防寒具はもこもこと膨らんだ印象を与え、ファラデウス国軍の真っ黒な制服を身につけているにも関わらず、雪だるまのようであった。

2人と1匹の眼下に広がるは、荘厳に広がる森。雪を被り真っ白な世界。目を凝らせば枝木が凍てついており、氷柱が成っている。
ここは隣国との国境付近。数キロ先にある隣国との境は崖になっており、戦いの歴史の中で隣国からの山越えを防いできた。それでも幾度かは侵攻され、血が流れた由縁ある場所だ。ここだけでなく、200年以上周辺国と争って来たファラデウスには、血が流れていない場所などない。

光を浴びて、鈍く輝いてすらいる真っ白な大地。火薬の匂いすら覆う厚く積もった雪景色を眺めていた。

「風に暖かみを感じる様になりましたね」

ライオネルが話すたびに、白い息が混じる。
暖かみと言っても肌感で、風が吹けば身を寄せ合いたくなる冷たさは残っている。それでも、湖や川の水量は増しつつあり、あちらこちら春の訪れに冬眠していた生き物たちが目を覚ましている。
南から風が吹いている証拠である。

「もうしばらくすれば、北風精霊も戻ってきます。楽しみですねぇ」

青々しい若葉の森林が連なる、気高い山脈。背景に真っ青な空に、浮かぶ純白な空。
どこからとなく聞こえて来る歌声は風の精霊か、花々の妖精か。生き物が活発に動き回り、混じる人々の活気。
春の訪れは、北風精霊らの仕事の終わり。ポエテランジュの夫、プゥカンタノンが西に帰ってくる。さすれば、さらに活気が戻るに違いない。

「その前に花祭りの騒ぎを治めなきゃですけど」

「はっはっはっ!すでに酔っ払い、物壊しの報告が上がってますよ。陽が登ってからはさらに増えますでしょうな。それで、いかがでしたか。亡命者たちは」

買い物を頼むように軽く、西の本部長は話題を変える。
ファラデウスは西側国境と隣接する、オスメリア王国からの亡命者が少しずつ増えて来てる。
運河の流れる西南区目指して来るのだが、今回の亡命者らは絶壁を越えて西区へ逃げて来た。雪が溶けて道ができれば西南区からが1番楽だと言うのにも関わらず、冷たさに身体を蝕みながら、ブルナー領まで逃げて来た。春を待てない事情があったのだ。雪に埋もれた瀕死の亡命者を見つけたのが2週間前。懸命な治療の末、3日前に目覚めた彼らに話を聞くため、深夜にも関わらずライオネルは支部に足を運んだのだ。

「色んな話を聞けました。あの"絶望の壁"を超えて、全員生き残ってみせた。その執念、恐れ入る」

亡命者は若い男子5人。凍てつく氷に、身を刺す寒さの中必死に登って来た彼ら。そのリーダーである男。絶望、諦観を滲ませながらも、若葉色の瞳には並々ならぬ決意と覚悟が漲っていた。

「彼らは貴方と同い年ぐらいかと思ったのですが」

「そこはなんとも。そこは彼女の方が詳しい。明日一番に中央へ向かいます」

彼らから話を聞けたと言えど、まだ回復仕切っていない。そもそも本人かどうかも怪しい。こちらでも追加で調べを進めなければならない。すでに関係各所には速達を出した。汽車が動く時間に、早急に中央へ向かわなければならない。
のんびりと景色を眺めんがら話す2人に、緊張感は全く感じられない。ポエテランジュも、じっと佇んでいる。まるで人形のようである。

「戦争ですかな?」

「下手を打てば」

「ウィリアムの勘が外れればとも思ったのですがねぇ。もうやだなぁ」

西地方本部長は大層嘆く。中央へ異動した部下の、趣味であるはずの情報収集が活発になっている。孤児として1人と1体の精霊と生きるために培った、身の危険に関して勘は、今でも遺憾無く発揮されている。普段は助けられている彼の勘も、今回ばかりは正直当たってほしくなかった。
戦争になる気配など。
思わず溢れる息は、ただ白く揺蕩い消えていく。

「ファラデウス国が周辺国停戦協定を結んでから40年以上。新兵には戦争すら知らぬ者が増えております。特別構いません。恐ろしいのは未来です。再び、争いが始まってしまったら」

若き者から前線へ。戻るかわからぬ、親や子を待つしかない残された家族。困窮する生活。明日の生死など誰も分からぬ日々。
勝利を目指し、火薬の匂いに、轟く爆音に、混じる悲鳴の中戦っていく。
前線で食い止められなければ、市街地へ。

そうなれば。

西地方本部長は言葉に詰まる。語りたくもない惨劇だ。悲劇というにはおぞましい、争いの傷。肉体を精神を壊す。

「平和を、享受しすぎたのかも知りません。私はね、ひどく恐ろしいのです。軍人である以前に、人の意識が強くなっていては失格なのでしょうがこればかりは…」

「私も嫌ですよ。目の前で死にゆく誰かもうは、見たくない。誰かを置いていく側にもなりたくない」

静けさが戻る。
風が木々を撫でる音が、沈黙を際立たせる。
夜空を照らす天体もすでに沈み、星ばかり。
物言わぬ煌めきを、ポエテランジュは見つめていた。

「ウィリアムたちは中央で無事でしょうか」

独り言のような疑問に、ライオネルは沈黙する他ない。命の危機に晒されていないだけで、その危険性は微妙なところであるのが正直なところだ。

「本来なら。西の最防壁であるウィリアム班が異動など、勝手に決められる訳がない。平時でも班を組み、活動する人材。それは彼らの優秀さと、必要である象徴」

この国において"班"はただの部隊の最小単位ではない。軍人の中でも、特化した能力者を集めた特別実行部。各班に求められる役割は様々であるが、ウィリアム班は防衛任務。実戦、情報戦共に優れている。彼らの能力は、西で、最西防衛基地にて存分に発揮した。
4人だけで小隊の働きにも優る。
であるのに、だ。司令塔の役割が主の仕事である中央への異動。
防衛するな、と同義である。
なにより西の代表2人の承認も得ず決定、実行された異動命令。泣く泣く彼らを見送ったが、優しい顔の奥底で、ずっと痼りとなって燻っている。

「誰の指示か、調べを進めておりますが…誰であれ、正直舐めているとしか思えませんね」

「業腹ですよね」

「業腹ですよ」

ウィリアム班が居なくなろうと、仕事は仕事。本当に戦力が劣る訳にはいかない。そもそも彼らがいない時代とて、西は硬い守備を誇った。適切に仕事は回っている。もし誰かが欠けた途端に回らなくなるならば、それは組織として死んでいる。

仕事上の問題はないが、腹は立つ。

ライオネルも西の本部長も、気が長いほうだ。そんな穏やかな人物が怒る時、碌でもない事が起こっていると相場は決まっている。堪忍袋の尾が切れない事を祈るばかりだ。

「そろそろ、基地や支部の名を改めればなりませんね。復興を最優先にして来ましたが、認知は戻さねば」

西の本部長は大きく頷いた。

「書き換えられた歴史、その代償は大きい。地方などと、失敬極まれり。どうしようもなかったとは言え、もっと早く対処しておけば良かったなんて思うこの頃です」

戦争が終わった時、まだがむしゃらに生き抜く兵士であった。上の意向も、何が起こっているかもわかったのは軍人として生き抜くと決め、改めて大学に入り直してからだ。西と中央で、教えられる内容の齟齬に愕然とした。当時、新しい代表としてローランドが改革を早急に進める意図が、ようやく身に染みて理解した。
過去を思い出し、ふくよかな体が笑いで揺れる。あの時ほど、己の無知さを痛感した日は無い。

「突如大地が形を変えたこの星。住まう生命体の在り方は、大きく変わりました。空気環境が変わらなかったのは幸いですが、災害により人類は1割程度にまで。新生命体の誕生に、別時空からの来訪者、夢物語とされた魔法との共存…。大地を血と火薬で汚しながら、数世紀も国としてあり続けている。8公の団結によって。失礼を承知で申し上げますが、もっと堂々とされていいのですよ?」

「ポエテランジュたちの加護の下でね。個人的には、よくもまぁ血脈が続いたと思ってますが」

「彼女らが力を貸すも、あなた方だからでしょうに。大陸で唯一、国中に鉄道が走るのも、自然を愛する者たちとの橋渡しをブルナー家が担ったからじゃないですか」

ライオネルは苦笑する。

「他の公らのお陰でもありますよ!もう、貴方本当にブルナーが好きですねぇ。その饒舌、直せって言われてませんでした?」

ライオネルは過去、本部長にまで昇進した隣の男が、西の愛が強すぎる癖を指摘されていたのを思い出した。西に住まう者らは、郷土愛が他の区と比べると高い。デュドネの死後、あらゆる所と揉めながら未だここで暮らしている彼らのこだわりは深いのだ。深すぎて厄介な部分もあるほど。西を侮った発言をすれば、喧嘩を買いに行く領民もいるほどだ。彼もその1人。戦争後に配属された西で、今の夫人と出会い結婚。以来配属先が変わることもあったが、結局西に帰ってきた。

「若言葉的に”推し”ってやつですよ。もうこの話し方は治りそうにないので、あの世でお会いしたら叱っていただこうかと開き直ることにしました」

「ははは!私は一発殴ろうかと思ってます。ま、再会は当分先の予定です」

ライオネルも、彼が思い浮かべている男に思いを馳せる。亡くなってからもう十数年間経ったが、未だ輪廻の扉を通っていないと確信している。そんな正確で無いのは、肉親である自分が何よりわかっている。自分も色々と言いたいことがある。会って話したいが、それは自分が年老いてからの話だ。

「平和でありましょう」

「はい。切実に」

ポエテランジュが鳴いた。凪のように静かで、広がる声。

「夜明けだ…」

山脈の際に、空を明るく照らす天体の光が覗く。
ライオネルは思わず目を細めた。


少しずつ空が明るく、青白く染まっていく。


様々な思惑や不安が滲む中。
ファラデウス国の花祭りが開かれる。
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