推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_28話:あなたがいれば

ローランド公主催の夜会への出席が近づくにつれ、アルフレードは仕事以外ではアンジュの側につきっきりでいた。
過去の嫌な思い出、湧き上がる不安。アンジュの魅力を引き立たせるドレスの件も相まって、頭の中で色んな思考や感情が混ざり、肥大化する。少しでも安心したくて、1秒も長くアンジュの元にいたくなる。迷惑だと頭では分かっているが、足元の大地から崩れてしまう恐ろしさに耐えるために、婚約者にすがってしまう。

ー恋人は、母親ではない。
ー恋人は、メンタルを整えてくれる存在ではない。

(わかってる、わかってる、わかってる)

以前読み漁った恋愛指南書が脳裏をよぎる。分かってるなら、なぜ出来ないのか。自分がどれ程弱い人間か、その度に痛感させられる。

(俺は、君に何が出来ているんだろうか)

アルフレードは暗闇を見つめる。
腕に抱いていたアンジュが身じろいだ。アルフレードが拘束を緩めると、彼の愛おしい人は胸元から少し離れて、見上げるように頭部を動かした。

「……ねれないの?」

「ごめん。起こしたか」

ゆるゆると首を振る。眠いのだろう。昼間は明るい赤色も、今は落ち着いた紅になっている。言葉も少しもたついている。
アルフレードはアンジュの額にキスを落とし、腰に手を回すと強く抱きしめる。

「きんちょう、してる?」

彼女の問いに、アルフレードは答えれなかった。一言でも漏らせば、再び弱音が漏れてしまうと考えたから。
黙ってしまった婚約者の頬を、アンジュの温かな手のひらが撫でる。

「あした、おどれると、いいね。一曲だけでも」

ふわりと、柔らかくアンジュは笑む。その瞳に輝きが差し込み、アンジュが夜会を心から楽しみにしているのが伺えた。ふと、アルフレードの心にも温かみが灯る。

「…1曲だけじゃなくて、何曲でも」

今まで踊れなかった分、今回は存分に。アルフレードの答えに、アンジュの口角が上がる。

「ふふふ。じぁおさらいしとくね。ごはんもおいしいし」

「楽しみ?」

胸元で頷く婚約者は、至極期待に満ちている。どこか悲観的なほど現実的な彼女にしては、珍しいぐらい浮かれていると言える様子。令嬢の接触も減り、偽者の逮捕も時間の問題になっている今、彼女の心に余裕が戻ってきているのだろう。次兄の婚約者であり、未来の義姉になるロベアタとも、しきりに夜会を堪能するのだと、話していた。

「ようやく一緒に出席できるんだもの。いっぱい、たのしんで、思い出作りたい」

(ああ。君って女性は)

簡単に憂鬱な感情を救ってくれる。その笑顔で元気が湧いてくる。我ながら単純な性格だと呆れてしまう。

「明日は絶対に離れないで欲しい。俺も、離れない」

「きみから離れないよ」

その言葉を最後に、アンジュは再び夢の世界へ飛びだった。
あぁ。この愛おしさ、言葉にしてしまうのも野暮だ。アンジュを抱きしめ直すと、アルフレードは瞼を閉じる。

そして、彼も今度こそ眠りについた。



爛々と輝く空の光。
道に残る雪もだいぶ溶けた。ふわりと街を抜ける風には、春の様々な香りと、温かさが乗っている。
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