推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_30話:2人だけの時間

アンジュに手を引かれるまま、アルフレードは歩き進める。後ろから垣間見れる横顔は、まっすぐと前を向き真剣な表情だ。
どこへ向おうとしているのか全く検討も付かないが不安はない。


アンジュと共にいれるならば、世界の果てでも彼は構わなかった。

片手に持つシャンパンが、無邪気に泡を跳ねさせる。




2人は中庭にでた。すでに青々とした芝生が広がり、夜を照らす天体の眩い光が差し込んでいる。ローランドとマリーが2人で自ら手入れしている庭である。
少し入り組んだ場所にあり、他の人もパーティーに夢中で誰もいない。

「少しここにいよう?はしゃいで疲れちゃった」

人が来ても隠れられる奥まった所に、ベンチがあった。誘われるまま腰を下ろす。外はほんの少しだけ肌寒い。アルフレードは上着を脱ぐと、アンジュの肩にかける。

「ありがとう!」

アンジュの笑顔はいつもの陽の暖かみがるものに戻っていた。アルフレードは再び胸をときめさせる。まるで万華鏡だ。新しい一面を魅せてくれる。
音楽が少し遠くに聞こえる。目の前には暗闇に、草木に、夜空。静けさに満たされている。まるで別世界に来た、そんな錯覚に陥る。

「まるで世界に2人だけみたいだね」

「そうだな」

アルフレードはほっと息をつく。正直、今が一番安心する。たった2人。邪魔をしない存在が消えただけで、心は軽くなる。

「アルフレード。改めて、乾杯」

「乾杯」

チン。
グラス同士が当たる軽い音が響く。
唇に触れる薄いグラス。喉を通るシャンパンの味は、ベリー系の酸味のある甘口で、口の中で弾ける炭酸と相待って少し苦味を感じる。脂でこってりした口の中が、すっきりした爽快感に変わっていく。

「これ美味しい!これはツブテの実かな」

標高の高い山岳地帯に生息する低木に実る、人の小指の爪ほどの大きさの甘酸っぱい果実。北区特産品の一つだ。口当たりも軽く実に飲みやすいお酒だが、意外と度数は15%。アルコールに弱い人には気をつけてほしい。

「アンジュ」

甘えをにじませて名前を呼べば、アンジュは照れ臭そうに立ち上がるとアルフレードの膝の上に腰を下ろした。
彼の機嫌はさらに良くなる。アルフレードは首筋に顔を埋め、同じ香水の匂いが鼻腔を満たす。グラスを持っているため、片手でアンジュは彼の頬を撫でる。するりと擦り寄る彼は、大きな猫のようである。

「落ち着く」

「良い場所だよね。私のお気に入りの場所の1つなんだ」

滅多に人が来れない中庭は、アンジュの逃げ場所。昔、会場がうるさすぎる際にマリーと、彼女の息子の婚約者のお姫様がここに連れて来てくれた。以降、何かあればここに自由に来て良いと許されている。今夜も、マリーは何かあればアルフレードと来て言いと耳打ちしてくれたので、アンジュはあまりることにしたのだ。

「気を遣わせた。その、不機嫌に感じたか?」

「ううん。ただ何か悩んでそうだったから」

アルフレードは唸り声を上げる。全く隠せていなかった。 

「情けない…。どうしても、他の男たちに見られるのが気に入らなくて。アンジュは大丈夫か?気持ち悪くない?」

「……ん?うん?格好が変わったから珍しいからでしょう」

違う、と言いたかったが、彼らの欲に気づいて欲しくなくてアルフレードは言葉を飲み込む。ゾワゾワと、腹の奥底から煮えた苛立ちが込み上げる。

嫉妬だ。そして醜い独占欲。

(あぁ、だけど俺も変わらない。俺こそ1番欲を孕んでいる。その色香で惑わる男は俺だけでいいのに)

アルフレードは顔を近づける。唇に触れる寸前で、アンジュは指で止めた。

「いやじゃなくて。色、付いちゃうから」

「…ごめん。配慮が足らなかった」

メイクが崩れてしまう。折角今夜のために、彼女が念入りに準備したのだ。このまま触れれば、間違いなく乱れてしまう。

「じゃあ、帰ってから存分に」

「え、あ、うん。うん?」

意味が分かっているのか、拙い言葉で返すアンジュにアルフレードは細く笑う。ぐずぐずと癒されていく彼女の優しさに、未だ燻る独占欲がくすぐられた。

「印をつけたいな」

「印?」

そう言と、彼は首後ろのボタンに手をかけ1つだけ外した。少し布が緩み、首元との隙間に唇を滑らす。そして強く肌に吸い付いた。
アンジュの体が甘く疼く。

「…足らない、アンジュ。許してくれるなら、もっと」

アンジュの大切なところに。ボタンを外さなければ、あらわにならない箇所。
アルフレードを受け入れたい気持ちはあるが、ここは他の人の家だ。大胆なことは控えなければ迷惑をかけてしまう。

「あ、あまり人目のつく場所にはつけないのなら」

譲歩すれば良いという話ではないと思うが…。なんて野暮なツッコミであろうか。その証拠に許可を得れた男の瞳に、ほんのりと熱がこもる。

「わかった」

首元が涼しく感じた。彼の唇が触れ、じゅっと音がする。厚みのある、少しガサついた唇。触れられると、くすぐったい。彼の吐息がかかるたび、はあちらこちらに跡が残っていくのがわかる。

(わわわわわわわわ)

脳裏に今まで勉強してきた教科書で学んだことがページのように捲られていく。指で、唇で触れながら刻まれていく彼の愛。照れ臭く、恥ずかしく、けど居心地が良く。ぐわぐわとアンジュの感覚はアルフレードに集中していく。
その様子をも堪能し、アルフレードの欲も落ち着いた。鎖骨あたりに吸い付き紅の花を咲かせたのを最後に、アルフレードはボタンを留め直すと、再びアンジュを引き寄せる。

「…続きは家に帰ったら、堪能させてもらおう」

「ひぇ」

アンジュが驚いて声を上げてしまった。言い方がいやらしいこと限りない。アルフレード・ランゲ、ブルナー兄姉や親友が聞きつけたら昼間だろうと1人歩きが危なくなるに違いない。

「はぁ、会場に戻りたくないな」

すっかり我儘モードに移行。この2人っきりだけの世界に留まりたいと、腕の中の最愛の人とパーティーを楽しみたい欲もあるため5割本気の願いを口にする。
彼の本気度合いを分かっているが、自分が理由ではアルフレードは動かなくなる恐れがある。アンジュは別の口実でアルフレードの説得を試みる。

「コ、コルラードさんたちが困るよ」

会場で合流するはずの、アルフレードの次兄たち。パーティーが開かれてから時間が経っているにも関わらず一向に現れる気配がない彼ら。待ち合わせている事実は変わらない。居ないとなれば、お揃いを楽しみにしている彼女たちを悲しませるのではないか。
待ち合わせ人を話題に出すと、アルフレードは唇を尖らせる。

「…なぜ兄さんたちはいないんだ。義姉さんも母さんたちも。流石に遅すぎないか?」

顰めるアルフレードであったが、ふと合点したように瞳を大きく開いた。

「もしかしたら俺みたいに、駄々を捏ねてるのかもしれないな」

「……え?そんな…」

義姉と義母のパートナー、つまり義兄と義父。彼らも深く相手を愛する。悠然とした態度をとっているが、実に血の繋がりが強い反応を示す時が度々ある。
家族であるから当たり前だが。ロベアタたちはドレスを当日までの楽しみだとしていた。今夜初めて披露したパートナーの姿。ドレスを披露した時のアルフレードと同じ反応をしたならば。

(まさか)

あり得ない話じゃない。話し合いが拗れ、下ランゲ家屋敷が今頃倒壊している場合がある。アンジュは血の気が引く。

「巨人が愛情深いって初めて知ったよ…」

「伴侶を取られたく無くて駄々を捏ねた話なんて神話にだってある」

神話であればオチは大抵酷いものだが。未来永劫変わらない、生き物の通りなのだろうか。
アルフレードはアンジュの眉尻に1つ、軽くキスを贈る。
ふわりと匂う、お揃いの香水。時間が経ち、トーンがスモークに変わっている。

「一生の愛だ。何度でも君に恋をする。アンジュ、君と過ごせる毎秒が、幸せでしょうがないよ」

夜空に広がる星々の海。遥か遠くで輝く光。かつて宇宙へと希望を果たしに向かった先人がいたなど信じられない。
ひゅう、と冷たさがまだ残る風が2人を撫でる。

「会場に戻ろうか。まだ踊り足らないし、やっぱりもっと周りにアンジュは俺のパートナーだって示すほか、ないか、と…」

先の言葉を飲み込んだ。なぜならアンジュの顔は、真っ赤になっていたからだ。茹でられたタコも、蟹も負ける赤。心なしか頭から湯気が揺らめいているようだ。
頬に触れると、指先から熱を感じる。アンジュは少し顔を背けているが、照れているのは間違いない。
アルフレードの惜しみない真っ直ぐな言葉に、アンジュの受け止め容量がパンクした。
婚約者の反応に、アルフレードの口元は大きな弧を描く。

「いや。まだ少しの間、アンジュを独り占めしよう」

アルフレードは再びぎゅっと抱きしめる。
すりすりと子犬のように触れてくる婚約者かな、アンジュはまともに顔を見ることができずに居た。

(もぉぉぉぉ!この…甘えんぼフレード!魅惑男児!)

これでは熱が冷めそうにない。アンジュは心の中で悪態をつくも、彼に抱えられたまま、決して離れようとしない。

熱が落ち着くまで。彼女は愛おしい彼の膝の上で抱えられていた。
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