推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_31話:麗しきご令嬢との修羅場②

ーさあ、いっておいで。

ー君の願いを、叶えておいで。




ぞわり。
熱もだいぶ落ち着き、アルフレードの体温に微睡んでいたアンジュは勢いよく会場の方へ目を向けた。落ち着きある声音に、遠くから聞こえてくる甲高い女性の声。
彼の名を呼び叫ぶ。いるはずのない彼女の気配。まさか、厳重な警備を潜り抜けたというのか。

「アンジュ?」

目は大きく開かれ、瞳は痛いほど爛々と真っ赤になっている。顔色も青く、翳りが差す。ただ事でないアンジュの態度に、アルフレードも浮かれた気持ちが一瞬で胡散する。

「どうした?会場で何が?」

「どうやって」

「…………………………………………………………………まさか」

考えつく案の中から、絶対にあり得ないものが浮かぶ。しかしアンジュの絶句は、そのあり得ないを確かなものにする。

「いこう」

夢から覚めて、2人は現実を走る。

「アルフレードさま?アルフレードさまぁ!」

「まずは落ち着いてください。ミラ様ですね?貴女は」

「触らないで!どこに隠したのよ!アルフレード様!」

会場に近くなるにつれ、アルフレードの名を叫ぶ声が徐々に大きくなって耳に届いた。

「なに、酔っ払い?」

「あれは…」

「なんだ?おい、カメラ持ってるか?」

「アルフレード様は?ねぇ、どこなの?」

行方不明になっていた伯爵令嬢である。夫人と会場の警備にあたっていた軍担当官が、彼女を落ち着かせようと声をかけるも令嬢は激しく抵抗する。
会場に戻ったアルフレードを見つけるとーアンジュが真っ先に駆けつけたのだが、彼女にはただ1人しか見えていないー嬉しそうに駆け寄る。真っ白な肌を曝け出す大胆なドレスに、アルフレードと同じ瞳色のドレスを身に纏っている。その姿に、アルフレードが悲鳴と驚愕が混じった短い声を漏らした。
人々が遠巻きに状況を伺っている。

「約束を破ってごめんなさい。どうしても貴方に会いたくて…来てしまいましたわ」

(あぁ、なんてことだ)

頬を赤く染めて恥じらう彼女は間違いなく、ミラ・ブラウン伯爵令嬢本人だ。
アンジュは驚愕で目を向く。どうやって会場に入って来たのか。通常招待状が無いと通されない。屋敷も軍の厳重な警備体制が引かれている最中。結界も敷かれているのだ。ただの一般人が入ってこれる訳が無い。
突然の乱入者に警備に当たっている同胞らも動揺している。
令嬢はじっとり湿った目線をアルフレードに送る。彼はアンジュを守るように立ちふさがる。

「ふふふ。もうよろしいのですよ?無理にそれを守るふりなんて。私たちの関係はそれも知っています。彼女のためにも、私が運命の相手だとおっしゃればよろしいのに」

運命の相手?!

招待客のざわめきが一際大きくなる。アルフレードは冷静に答える。

「私は君とは1度も会ったことがないし、関わったこともない。ふざけた発言で、アンジュを陥れるのはやめてもらおうか」

令嬢からは距離を取りたいのか身体の向きはアンジュに向けたままのアルフレードに腹を立てた。彼女の美しい顔は、怒りに歪む。

「ずっと愛し合ったではありませんか!」

「ご令嬢、まずは落ち着いて。場所を変えましょう。ここは春を祝うためのパーティーです。他の方々の迷惑になる」

2人と令嬢の間に入ったアルフレードの父親と次兄であるとコルラード。トゥーダとロザアタはアンジュの隣に立つ。
もう春を祝うパーティーどころでは無い。

「だから!その女を退けなさいよ!私が彼の婚約者よ!自分のパートナーと参加して何が悪いのよ!!」
「ちょっと待って」

(なんだこの状況)

会場の中心は自分たち。アンジュたちを囲う招待客。まるでロマンス本でよく見る糾弾の場面にそっくりだ。心がざわめく。

「アンタには用がないわ!化け物!彼の隣から退きなさい!」

退けと、嘘だと話す令嬢は、数ヶ月前に会った時から随分と気高さが衰えていた。話に全く聞く耳を持たない。
アンジュは魔術で強制的に場所を移そうかと思考する。流石にここで全てを明かすわけにはいかない。暴かれる真実は、彼女の全てを壊してしまう。そうすればまた何かをやったなどと裏で囁かれるだろうが、人が多い場所で明かすことではない。最後にもう一度提案しようと口を開いた。


その時であった。



「なに、ごと?」

背筋が凍りつく、言葉に何の温かみを感じない台詞が響き渡る。
会場が途端に静かになる。パーティーの熱がたちまち下がり、冷気が流れ込み温度が著しく低下していく。
会場入り口から、徐々に人が左右にはけていく。後ずさる人々の間にできた道を通り、現れたのは髪に覆われた何かであった。
髪下から覗く眼球に、裾から覗く青白い指。足元のドレスの裾から人間の女性だと推測できる程度で、詳しい容貌など分からない。
それでも、大陸に暮らす大半の生き物は彼女を知り、ファラデウスでは特別有名である。

「マミー様…」

アンジュがつぶやいた名に、一気にざわめきが戻る。

マミー。
ホルン領を治める、死の世界より蘇った彷徨える女王。東区を治める特別8公の1人である。

そして彼女だけではない。

「全く厄介ごとしかないね。中央区は」

マミーの後ろからのんびりとした足取りで歩く、褐色肌にしっかりとした体格の年配男性は西南区、葉金公。

「これがマツリじゃない!ゲカイはタノしいわ!」

意地悪く笑うピクシー。目が痛くなるほど鮮やかな桃色のドレスに薄い羽根が手のひらサイズの背丈でも十二分に目立っている。彼女は真北山間区、幻影公。

{私としてはうるさい限りですが}

細長い四肢でゆったりと歩き、大きなため息をつく黒豹。口元から覗く牙を輝かせるは南山間区の林檎公。

「祭りと騒ぎを混合してはいけませんよ。今は事件と言った方がいいでしょうか」

ふんわりとしたドレスに身を包む麗しき夫人。きちんと言われた髪から覗く、鬼のツノと牛の耳は、誇り高い牛鬼の末裔。北区の岩石公。

「さ、落ち着いてくださいマミー。そう睨んでは会話も不可能です」

マミーを止めるのは立派な角を持つ獣人。掛けている分厚いグラスのメガネが落ちないように押し上げている彼は、東南区の道化公。

そして最後にアンジュの兄であり召喚公であるライオネル。その隣に夜会の主催者であるローランドがいる。

ファラデウス国の各区を統治する、特別8公全員の来場である。
主催でありながらローランドが会場にいなかった所用は、彼らの向かいに出ていたためであった。
通常3夜どこかに分かれて出席する八公。それが1夜に集まるのは異例のことだ。地区によっては公の存在は神に等しい。招待客の中には慌てて頭を垂れるものもいた。

「おーお。こりゃまた…何があった」

「アレですよ。一区切りついてたんですが、まさかここまで押しかけてくるなんて。…警備はどうなっている」

ローランドの問いに答えたのはライオネルだ。あ忌々しそうに令嬢を睨みつける。「アレ」で通じたようで、8公らは各々納得した反応を示した。全員に話が回っている事実に、アンジュもアルフレードも居た堪れなくなる。

「召喚公の疑問は最もです。後ほど確認しましょう。それよりも、です」

「ここで決着を付けるべきだよ。容赦も優しさもいらない。隅々までね」

「それは!」

アンジュは声を荒げる。普段事なかれ主義の彼女にしては珍しい態度であるが、彼女には特別認められない。葉金公も林檎公も、いや八公全員がこの場を持って、全てを終わらせろと言っているのだ。

確かに、かかってくるなら容赦なく戦うと決めた。昨年の特別訓練の時のように。
しかし、しかしだ。ここには、事と無関係な人が多すぎる。今は軍内で止まっている偽アルフレード事件。例え細やかな噂が流れていても、まだカバーができる。それも真実が明るみに出れば、出来なくなるどころか尾鰭背鰭がついてあっという間に国中に行き渡るだろう。
令嬢や彼女の家族はどうなってしまうのか。想像は容易である。
アンジュには到底受け入れられない。だって、嘘膨らみ無い事ばかりの噂に責められて来たのだ。その痛みが尋常でない事を知っている。ランゲ家族も容認しがたいと脂汗を浮かべているが、代案も考えつかないため言葉にもたついている。

{貴女の痛みは理解しています。根拠のない噂で大勢に傷つけられた。だから避けたいのでしょう?}

金色の瞳がアンジュの心中を慮り、優しい言葉をかける。羽で飛び回る幻影公も頷いている。

「けど、こんなにカンキャクがいちゃね。そのコもノゾんでる。やりたくなくとも、イマしかない」

「全ての真実を明るみに。妄想でさらに貴女だけでなく、家族までも巻き込んであらぬ噂が流れるだけなのだから」    

アンジュは兄に目を向ける。亡き父と同じ菫色の瞳は哀を滲ませながらも、止めようとはしない。

(あぁ、なんとことか)

公開裁判、いや処刑である。首が跳ねないだけで、社会的には死と同義だ。

(これは業か。幸せを望む化け物への罰か)

如何にすべきか。などと自問したところで為すことは決まっている。

ここにいるアンジュ・ブルナーは、悪役として生きると決めた。
まさに自分の幸せのために、主役の処断を画策する悪役令嬢といったところ。主役は慈悲を持って相手を許すが道理ならば、悪役はその逆を持って然るべきある。


幸せを決して譲ってはならぬ。
逃げてはならず。
持ち得る全てを使い、相手の道を断て。


己の意志で掴み取れ。
目指す夢を掴むために非情となれ。

「アンジュ」

己の名を呼ぶ婚約者。アンジュは伏せていた顔を上げる。ぎゅと握られた手に、彼女も握り返す。

生涯背負って生きねばなぬ。
荊を進む他ないのだ。

「分かりました」


時は満ちた。
全てを、白日の元へ。


アンジュの雰囲気が大きく変わり、令嬢も狼狽えた。
1歩前に出ると、びくりと肩を震わせる。

「貴女のアルフレード様は、何度でもお伝えしますが、私の婚約者ではありません」

「そ、そこまで言うなら、なにか証拠があるんでしょうね」

「もちろん。軍警察局、内部監査など関係各所に認められた証拠があります。なによりアルフレードと偽り騙していた彼は、今朝逮捕されました」

遠巻きに騒ぎを興味深く観察する招待客から「逮捕?!」と声が上がる。
まだ公に公表されていない件だが、貴族の中でも情報収集に長けている者はいる。「そういえば、あそこの息子が」と勝手に話が始まった。

「でたらめよ!」

「出鱈目じゃないわ。お嬢さん」

耳障りな声をかき消すかのように令嬢は叫ぶ。それを否定する女性の声。現れたのはアンジュの姉であるセレストと、ララの上司ランベルト・ウォーレン大佐である。セレストはドレスで着飾っているが、片手に大きなカバンを下げている。ランベルトは軍服のままだが胸ポケットに国花を一輪刺している。
彼女たちは8公と、招待客らに向かい恭しく頭を下げる。

「ごきげんよう。突然失礼致します。騒ぎを聞きつけ、場を納めろとの大将からの命で参りました」

「ほお。秘蔵っ子どもが来るとはな。これはこれは」

セレストは鞄から分厚いファイルを取り出す。

「こちらが貴女が望む証拠ですわ」

貴女の証言から得た密会日の、本物アルフレードのアリバイと裏どり。偽アルフレードの証拠、証言。
もちろん複製しているが、証拠をまとめたファイルを令嬢に渡す。厚みのあるそれを彼女は奪うように取り上げ、早速開き目を通していく。もちろんこれは、今回だけの特別待遇だ。迅速に騒ぎを収めるには、証拠品が物を言うとのトップ判断。
噛みつくように証拠を確認していた令嬢の顔色が、どんどん悪くなっていく。ページを捲る勢いも衰えていく。

「何よ、これ」

「全て、事実ですよ。ミラ・ブラン伯爵令嬢。そこに記載されている青年が、貴女のアルフレード様です」

声を飲み込む彼女の、悲鳴が聞こえたような気がした。アンジュはファイルに目線を移す。
集めた証言を元に1つずつ念入りに、丁寧に裏どりしていけば犯人へ辿り着くのは難しくなかった。
アルフレードに扮していた彼の特徴は全て左右反転していた。通常の容姿変貌術や薬にはそのような
変貌魔術の1つに、鏡を使ったものがある。鏡に対象の容姿を写し、鏡に映った姿を自身に重ねる。文明機器と魔術が合わさった、魔力がなくても出来る方法だ。しかし前提条件が多く、まず相手と体格が似ていないと問題がある。細部まで再現するためには膨大な画像を用意しなければならないし、自分の容姿に寸分違わず重ねるには精密な技術が必要だ。面倒が多いため魔力持ちは避ける術だ。その方法を取らざるおえないのは、つまり男が魔力を持たない術師だと考えられる。
ビアンカが気づいたように。
裸まで再現するのなら肌の写真まで盗撮しなければならないが、写石に写った裸体はアルフレードの特徴は見当たらなかった。

ララが違和感があったのは手である。ララ達が遭遇したアルフレードは左手、本物のアルフレードは右手で魔術を使っていた。


・令嬢やアルフレードと関連した人物で、彼女の密会日に予定がわからない者
・魔力を持たない術士
・アルフレードと似た体格の者
・左利き
・戦闘にもなれている者

加えて密会場所や、密会後の足取りを調査。顕密に執拗に正体を追ったところ、ある男に行き着いた。
むしろ彼しかいなかった、とも言える。

「彼と一緒にいれば、ここに来なくて済んだのに」

そもそも。彼と向き合っていたらこんな事になっていなかった。
アンジュの呟きに、そんな皮肉が混じる。

令嬢をよく知り、令嬢が誰を想っているかが分かった人物。
アルフレードを知り得た、魔力を持たない術士。
戦闘に慣れている者。



偽アルフレードの正体は、アルフレードの先輩でもある令嬢の婚約者であった。
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