推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_32話:麗しきご令嬢との修羅場③

偽アルフレードの正体は、令嬢の婚約者。

「嘘よ」

自分が相手していたのは、夢中になって愛を呟いていたのは、貶していた婚約者。
今も部屋の隅で埃をかぶっているペンダントなどを送ってくれた、親が決めた相手。
脳裏に浮かぶ蜜月。運命の相手だからと晒した醜態、信じた言葉、興じた悦。
アルフレードだったから。かのアルフレード・ランゲだったから。彼の全ては、嘘どころか偽りであった。正直想像もしたくない。したとしても、絶望の他考えられない。
令嬢の美しい顔が真っ白を通り過ぎて青くなり、瞳は痛いほど見開かれ、耐えられない現実に歯が強く強く噛み締められ頬が小刻みに揺れている。

「嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ」

喋る人形とて、ここまで同じ言葉は繰り返さないだろう。哀れである。痛ましくもある。彼女の過去を思えば可哀想どと思うところはあるが、この結末になってしまったのは自業自得。

「ねえ、アルフレードさま」

最後の希望だと、彼女は目の前のアルフレードにすがるように手を伸ばすも、拠り所のない拒絶された返答。

「俺が愛しているのは、アンジュ・ブルナーただ1人。君が出る幕は最初からない」

「う、うぅぅ」

まだ信じられないなら本人を連れてくると言うランドールに、彼女は顔に指を立てて拒否を示す。
アンジュは下唇を噛み、アルフレードの手を強く握りながらじっと令嬢から目をそむけない。

「ムジヒなケツマツ。ヒトのモノガタリはゲンソウシュすらオゾましさをカンじるわ」

うっとり呟く幻影公の呟きは楽しさを孕んでいた。
やれやれとローランドは首を振る。真実は明かされた。つまり幕を下ろすタイミングだ。

「さてご令嬢。傷心のところ悪いがね、君は出席の予定はなかったはず。誰の手引きかは知らないが不法侵入だ。大人しくしてくれよ」

騙されていたのは事実。それでもローランドの言う通り、令嬢は今晩の招待客ではない。警備に穴があったとはいえ、彼が言う通り令嬢は不法侵入ぁ。さらには騒ぎまで起こしたのだから、完全な逮捕対象。
ランベルトの合図で、警備官が彼女に近づく。

「は、あ?なによ!知らないわよ!彼と会うにはここにしか無いって!それに騙されたのは私の方よ!私はなんにも悪くない!」

憎しみに変わる。彼女はファイルを投げつける。ただしあまりにも重いファイルを鍛えていない女性が投げたところで足元より2歩ほど先に飛んだ程度。

「なによ、なんなのよ。なんで私がこんな目に…!嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!あぁ!アンタのせいでぇ!」

次の瞬間、絶叫と共に手元に2輪の術式ぐ現れると、彼女の手にナイフが現れた。怪鳥のような声をあげて、彼女は突進する。ドレスの着崩れなど気にせず、アンジュ目掛けて。
アンジュをアルフレードが庇う。そして2人を守るように、誰かが前に出た。



カキン。
金属音が弾く音がする。

「うるさい」

刹那の騒動に、マミーは髪を伸ばすと令嬢を捕えた。髪はぐるぐると身体に巻き付くと、乱雑に会場の外へ放り出した。
「確保ぉ!」と野太い声に、バタバタと取り押さえる音が聞こえてくる。

「…あらら。大将に叱られる程度じゃ済まないわね。それでは私はこれにて失礼いたします」

ランベルトは軽く頭を下げると、令嬢を捕まえそこねた警備官に指示を出すと会場を後にした。

まさかの終わり方に、会場には微妙な空気が流れる。呆気に取られている。覚悟していただけに、想像の斜めいく終末であったのだからしょうがない。
ごほんと、ローランドが1つ大きな咳をした。

「これにて終幕、だな。アンジュ、酷なことをしたな。事の収集をつけたかったとはいえ、申し訳ない」

滑らかな動きで頭を下げる彼に、アンジュは被りを振る。

「事前に対策できなかった落ち度はこちらにあります。せっかくの夜を台無しにしてしまい…」

「そうアンジュ嬢。今夜は夜会。最終日。まだ始まったばかりです」

遮るように道化公が言葉を重ねる。微かに笑みを浮かべる彼に、ローランドが大きく頷く。

「そうだ。先人の不屈な精神と弛まない努力のおかげで我々が生きている。彼らが祝った幸せを、今夜ばかりは浸ろうじゃないか。夜会も最終日だしな」

彼はゆっくりと会場を見渡し、堂々と胸を張り力強く言葉を紡ぐ。

「国となって数世紀。美しい自然と多様性が織りなすファラデウスだが、血に大地が汚れた歴史の上に成り立っている。長い争いに終止符を打ち30年あまり。皆の活躍もあり大分安定したが、それでもまだ不安定さが残る。堅牢と言われるこの国も、内側からしっかりと強く気高くありたいと願うよ。だから今後とも皆の力が必要だ。よろしく頼みたい」

「ま、アソびながらね。ローランドちゃんみたいにキマジメすぎるとタオれるから」

「なにか抱えきれない悩みがあるならば教会へ」

「溜まったストレスを癒したいなら北までどうぞ」

{衝動が抑えられぬなら南へ。爪と牙を研いで出迎えよう}

「おまえさんらね…」

綺麗に演説を終えたはずが、横から茶々が入る。
招待客からくすくすと笑い声が漏れる。場の雰囲気が和んだ証拠だ。

「とにかく最後の夜だ。料理もたんまり残っとるし、踊りたらんだろう?楽しんでいってくれ」

ローランドが手を挙げると、改めて音楽が奏で始めた。
意気揚々と食事を取りに動き出した幻影公と葉金公。
まだ残る緊張の糸をほぐすために他の公らも、招待客の会話の輪に混じる。

ぎこちなくも、パーティーは落ち着きを取り戻していく。





アンジュは令嬢が消えていった入り口を見つめ、息を細く、静かに吐いた。
終わった。偽アルフレード事件も、夜会での騒動も。決着の仕方はあまりにも無惨であったが、終えたその事実には変わらない。

「アンジュ」

アルフレードに力強く抱きしめられる。

「ありがとう」

彼には分かっていた。アンジュはこちらに目掛けて飛び込んで来ようとした時、彼女は魔力を微かに込めて指で弾くいた。その魔力が彼女の握っていたナイフに綺麗に当たり、床へと落ちたのだ。
アンジュを包む力は、ぎゅっと更に重くなる。気がつけばセレストやロベアタらにも抱きしめられていた。

(あったかい)

その温もりに落ち着いてしまいたくなるが、他の方々に迷惑もかけてしまった。助けてくれた人たちに感謝を伝えなければ。と思っていると、アンジュを抱きしめる輪にマミーが加わる。彼女はアンジュの頭を、髪型が崩れないように、丁寧に、丁重に撫でる。その手つきは宝物に触れる、優しさに溢れていた。

「マミー様。お手を煩わした上、助けてくださりありがとうございます」

「本当に。一歩間違えていれば妹の体も傷つけられました。感謝以外ございません」

「あの手の者を無傷で捉えるにはうってつけだったよ。本当、悪いな」

「ムカついた、から。それに殺気、すごかっし。彼女たちが、うごくよりかは、ね」

彼女たちとはポエテランジュを筆頭にした、幻獣種族のことだ。彼らの愛子であるアンジュに無礼を働く令嬢への嫌悪、彼女が剣を握った瞬間、殺意が充満。ライオネルの指示で、次元の向こう側に待機しているポエテランジュの気配が大きくなったのを感じたマミーが、苛立ちを乗せて髪で厄を祓ったのだ。
本来ならば中央の出来事はローランドが場を押さえるべきなのだが、気にしていればことを仕損じる。政治問題になったら悩むだけだ。
存外ざっくりと8区が協力しあっているのがファラデウス国でもある。

「そして大臣も。守ってくださりありがとうございます。お怪我はありませんでしたか?」

アンジュとアルフレードを庇った男性は、ファラデウス国の厚生大臣であった。ローランドと共に長く国営に携わり、切磋琢磨して来た。50過ぎの中肉中背の紳士は前髪から後ろに綺麗にまとめ、皺のついていないタキシードを着こなしている。
彼はアンジュの礼に、笑顔で応える。

「ないよ、ありがとう。何事もなくて良かったよ」

「お前が前に出るなんてびっくりしたわ」

少し離れた場所で匿われていた夫人と合流したローランド。騒ぐ令嬢を落ち着かせようと動いてくれた彼女も一切怪我などは負っていない。アンジュの視線に気付くと、彼女はゆっくりと1つ微笑んで見せた。

「突然ナイフが出て来たんだぞ?現場に出なくなって久しいが、流石になぁ。咄嗟に、だ。結局マミー様が片付けてくださったがね。まだ私も健康だって証明はできたかな」

「まだ若いなら、もうしばらく頑張ってもらうかね」

「おいおい。まだこき使うつもりか?しょうがないな。パカパカと走り切って見せようかな」

馬の鳴き真似をすれば、ローランドと大臣は声をあげて笑い出す。聞いている側としてはなんとも反応に困るやりとりだ。

「ところで、セレスト嬢。ランドールが大将っと言ってたが…もしかして来ているのか?」

「はい。宇宙突き抜けるレベルでお怒りです」

軍において大将とは通常防衛局陸将と河将、警察局の警察将であるが、ファラデウス国の軍人が大将と呼ぶのは防衛大臣ただ1人。鬼大将と恐れられている。彼も今晩の招待客の1人で、8公の後に到着した。セレストもちょうど同じ時に会場に着き、一連の騒ぎも確認。調査に当たっていたランドールを呼び出した訳であった。現在彼は現場責任者と再度体制確認と、警備にあたっていると言う。今夜会場に現れる時は、客ではなく警備官である。

「お疲れだとは思いますが、パーティーが終わった後、お話を伺いたいとのことです」

「もちろん」

騒動を目撃した担当官はすでに調書と始末書の提出のために局へ戻っており、代わりが配備されている。後日他の招待客からも話を聞くことになったが、彼女を止めようと最も近くにいた夫人からは記憶が薄れる前に話を聞きたいのだ。

「突然だった。突然目の前に現れて、名前を呼ぶものだったから。落ち着かせようとしたのだけど」

もっと上手く立ち回れたのではないかと、憂う夫人。透き通る翡翠色の瞳に影がかかる。隣に立つローランドが、彼女の手に軽く触れる。

「無事でよかったよ。客人も驚いただろうが、何もなかったんだ。刺激的な思い出に書き変わるさ。だからもう、お前さんたちはその顔をやめなさいよ。幸せが逃げるぞ。それに招待客には記者もいるんだ。変な写真を押さえられるぞ」

「しかしローランド公!娘を守れなかつもたこの不甲斐なさ。どうすればいいのでしょう!」

「ごめんねーー!」

じろりとローランドが目を向けたのは、アンジュを絶賛むぎゅむぎゅと潰しかけているランゲ家族にである。女性陣はより美しく整えた顔がくしゃくしゃとシワを寄せ、片方は苦悶に耐えており、片や半泣きであったのだ。バツの悪そうな顔で男性陣が、黙々と頭を下げている。

騒ぎに駆けつけた彼らが今まで何をしていたのか。それはアルフレードの考えが残念ながら当たっていた。ロベアタとトゥーダの今までと違うドレス姿に、パートナーであるリックとコルラードが駄々を捏ねたのだ。どうにかメイクを落ち着けないか、上着を着ないか、などと説得しようとしたのだ。当たり前だが、今夜を楽しみにしていた2人が承諾などせず、4人の間で主張の言い合いで時間が過ぎたのだ。結局女性陣が押し切ったのだが、揉めた時間の分会場に着くのが遅れた。もっと早くに着いていれば、アンジュとアルフレードに不快な気持ちにさせなかったのではないか、公らの手を煩わせなかっただろうし、もっと穏便に事を納めれたのではないか。そう考えれば考えるほど、言いようのない感情が胸を締め付けてしょうがないのだ。
コルラードからボソボソと説明を受け、ライオネルはかける言葉に困る。マミーとライオネル、セレストも話に混ざっている状況は混沌としている。義理家族となるランゲ家とアンジュが仲良く過ごせていることを嬉しく思う反面、いい加減に落ち着いてほしい状態だ。

「仲がいい証拠です。しかし折角皆様お揃いにしているのだから。よく見せていただきたいわ。ねぇあなた」

(…なるほど)

彼女らの衣装の共通点に気づいたマリーが、状況を収める的確なポイントを突いた。一斉に騒ぎが落ち着いた。妻の着眼点に、ローランドはひっそり舌を巻く。
アンジュたちは衣装がよく見えるように並ぶ。ペアがわかるようになっていながら、普段と違う印象を抱くデザインであるが本人たちに似合っている。お揃いのレース生地が衣装を引き立たせ、良いポイントになっている。

「全く素晴らしいわ」

「みんな、よく似合ってる。いちばん」

「はい。今夜のために、あつらえたドレスです」

マリーとマミーにの絶賛に、ローランドたちも頷く。間違いなく今年の衣装に、レース生地や大人びたデザインは取り入れられるに違いない。大陸の社交シーズンは夏が本番を迎える。いち早くパーティーで賑わうファラデウスの衣装は注目を浴びやすいのだ。
記者たちの目もこちらに向けられている。さっきの騒ぎの件も合わせて、明日の新聞はアンジュたちがトップに載せられる事だろう。

「みんな素晴らしいな。けどアルフレード、上着をどうした?アンジュも羽織っているのは大きくないのか?」

「あ」

ただローランドは気になったことを口に出しただけだったのだが、見事藪蛇であった。

「…あなた」

「あーあ」

「ん?」

上着の件についてアルフレードとアンジュがそれぞれ質問責めーアルフレードに関しては質問と言うよりは、ライオネルとセレストに詰められているーことになり、再び賑やかさが取り戻されたのであった。
横に並ぶ妻の肘が軽く脇に入る。これからはさらに発言に気を使わねばなと反省しつつ、陰険な顔が並ぶよりかはマシだとローランドは考えを改めることにした。
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