推しで一途な婚約者は、国一番の人気者!つまり毎日が修羅場です。

3章「vs麗しきご令嬢」_33話:コルラードの回想

末の弟の笑顔を見るたびに、もっと彼が幸せになる道はあったのではないか。
そう考えるたびに、彼の8つ年上の兄であるコルラードは胸が苦しくなる。

アルフレードが生まれて来た年を、今でも鮮明に思い出せる。その頃コルラードは2つ上の兄と、ランゲ家の跡取りについて盛大に揉めていた。たった8歳と10歳の年であったが、顔を合わせたくないほど合わせたら喧嘩をしてしまうほど仲を拗らせていた。その仲が普通に戻るまでには大分時間がかかったが、まだ赤子の弟に、嫌なものを見せたくなかった。歳は離れていたが、コルラードからすれば初めての弟。小さな存在は大切な宝物であった。

だからアルフレードといる時は仲良し兄弟に戻れた。

1日、1年と健やかに成長していく弟。小さな命の一挙一頭即に驚きと歓喜に包まれ、屋敷は朗らかな雰囲気に包まれていた。

それがいつからだろう。誰もアルフレード、アルフレード様と求めて追うようになったのか。

ふくふくとやわらかなほっぺたに隠れているが将来は人目を引くだろうと予測できる整った顔つきでもあったし、成長も早く、何をやるにも物覚えが早い。手が大きいため細かな作業は苦手としているが、それでも作り上げてしまう。目を見張る成長の速さではあったが、訳もなく泣き、イタズラで怒られてひどく泣き腫らし、寂しさでわんわんと泣いた。嫌々と駄々を捏ねて困らせて、予想しない事で驚かせる。極度の人見知りであったが、ただただ普通の子供であった。
アルフレードに注視し熱を入れ上げ、期待し求める人々は次第に増えていった。本人が嫌がっているにも関わらず過度に関わりを持とうとする者が増えた。友人、学校や仕事場の関係者、パーティーの参加者、すれ違っただけの者、使用人、街ですれ違っただけの人。アルフレードは覚えていないが、まだ歩けるようになったばかりの彼を誘拐しようとした未遂事件すらあったほど。

家族のいないところにアルフレードを1人になんかできず、だが常に構ってやることもできなかった。アルフレードが物心つく年頃には、コルラードも長兄も勉学や仕事に励まなければならない年齢を迎えていたし、重役に就く両親も仕事で数日家を空けることも珍しくなかった。
どうするかと悩む彼らを救ったのは祖父母の存在だ。とくにトゥーダの祖父ートゥーダは幼い頃に母親を亡くしたため、母方の祖母はいないーは毎日屋敷に遊びにやって来ては、アルフレードの側で見守ってくれた。よく周囲を観察し、物事に気づく。本を読むのが好きな杖突爺さん。元気な母親の親とは思えないほど落ち着きのある男。彼と何した、何を話してくれたと、いつも嬉しそうに話してくれる弟にコルラードは無事に1日を過ごせたことに嬉しさを感じる反面、閉鎖的な環境でしか穏やかかに過ごせない弟が不憫でならなかった。

それも歳を取っていけばアルフレードも屋敷にこもってばかりではいられない。学園に通い、師をつけて訓練に励むようになった。ますます熱狂的な注目は集まる。アルフレードの周りには多くの人がいたが、人見知りなアルフレードにはよくも知り得ない彼らの存在はどう扱っていいものかわからず、なによりどうしても彼らの底になる歪で邪な感情を察知していまい、彼は信頼も信用も築けなかった。
結局日夜鍛錬と勉学に励む弟の姿に、物悲しさを抱いてしまう。それも傲慢だと幼馴染には言われてしまったが。

『好きな人が出来た?』

ランゲの名に負けない背丈に、屈強な身体。研鑽を重ねた戦闘技術に、詰め込んだ知識をもってアルフレードは見事軍に入隊。
家族と同じように国を守る軍人になるために屋敷を離れた彼は、厳しい訓練の生活を送る中で初めて友人ができだけでなく、心を奪われた相手もいた。

『アルジュ・ブルナー?…ブルナーって、西区の?西の領主、美しい湖、召喚公のブルナー?』

軍学校入学式に一目惚れしてから、話したこともない別クラスの女性。保有する魔力量はファラデウス内でも上位であり、体力はオーガ以上。戦闘技術も魔術も相当レベルが高いと言う。真っ白で風に靡くと絹のような光沢がある髪に、宝石のように麗しい赤い瞳。小柄ながら芯が通った姿勢。

1か月周囲から情報を集めてようやく知った彼女の名は、アンジュ・ブルナー。
かの西の土地を治める一族の末妹だ。

((まじか、まじか!))

若干人間不信になりつつあった彼の弟の心を射止めたまさかの女性。昔数日だけライオネルに世話になったことがあったコルラードから。さらに当時軍を辞め国秘書見習いとして働き始めていた彼にとって、相手は政治的配慮も必要になってくる相手であるが、初恋を叶えてほしい兄心。
しかし何度も繰り返すが、相手は西の土地を治める一族の1人。念の為上司の大臣にひっそりと確認を取れば、問題がないと言うので家族総出でアルフレードの初恋を応援することになった。
応援しても進展することなく1年。ようやく意中の相手と短時間だけでも関われるようになった弟から貰った手紙に、興味深いことが書かれていた。


ーアンジュ・ブルナーは、俺を普通の男の子だと言ってくれました。彼女は、私の弱い部分を隠す必要のない、当たり前として受け入れてくれました。


全員が、と言ってしまえば主語が大きすぎるが、彼らが求めるアルフレードはまさに理想像であった。
事実、アルフレードは本当に何でもかんでも出来る。性格も、本当は難しい部分もあるが、表立っては表さない。
だから錯覚する。完璧無敵な人間だと。
そんな訳ない。もちろん克服した苦手は数あるが、相変わらず寂しがりやで口下手、人付き合いが苦手なアルフレード。力加減を間違えて訓練道具をよく壊すし、お腹を空かせて動かなくなる時もある。細やかでも贈り物をすれば倍のお土産を買って帰ってくる。苦手なことも、失敗も間違いもする、ただの人。
今を生きる、1人の人間だ。


周囲に言えばそんな訳ないと笑って否定されるところを、アンジュ・ブルナーは当然だと言い切ったそうだ。
何があったなど制限された紙と文字からでは想像するしかないが、打算も計算もない言葉だったに違い無い。少し震える字で書かれた内容は、彼女がアルフレードの中でさらに特別な存在となった証であった。

そんな彼女自身は、警戒心が強いのか、アルフレードとの間にすこし壁を感じていると手紙には書かれていたが、お互い難なく過ごせているらしい。

(本当か?無理をさせていないか?)

アンジュ・ブルナーは言われない悪評を気にして人前に出てこなくなったと聞いていたコルラードは、彼女が他人に気を遣っている可能性を危惧していたが、アルフレードの卒業試験で実際にフランクに会話する様子を見て懸念していた心配は無くなった。
結局学校在学中に縁は結ばれず、その後再度アンジュと会うために四苦八苦する羽目にはなったが、今と比べれば可愛い思い出だ。

アンジュ・ブルナーに惚れてから、アルフレードの人生はさらに豊かになった。
彼女と過ごす時間。彼女との話から得られる新しい物事。
彼女が喜ぶものを探しに、新しい場所へと赴く。
助言を請おうと、自ら人に声をかける。
女心を学ぶために、恋愛小説やロマンス本を読む。
さらに自己鍛錬に励むために、身だしなみや服にも気を使う。

なによりブルナー家との付き合いが始まった。
どこからかアルフレードが妹に恋心を抱いていると聞きつけた、癖の強いアンジュの兄姉たち。
兄妹とのやりとりを見守る御祖父母と母親。もがきながらアルフレードは真剣に取り組んでいた。彼らとの時間は実に楽しそうであった。当たり前だ。寂しがりやにとって、周りの目を気にせず本心で関わってくれる彼らは厄介以上に信頼を築ける相手であった。


あまりにも都合が良すぎる気がするが、コルラードはアンジュとアルフレードの出会いを、運命と呼ぶことにした。



なんとか、なんとか婚約まで押し切った2人の道にはまだ障害が多い。『婚約だけでは…』と過去渋ったのを正直後悔しているが悔やんでも仕方がない。

湧いてくる障害は取り除いていけばいい。残念ながら、幸せには制限がある。同じ幸せなど、ない。得たければ戦わなければならない。結末をハッピーエンドで終えたければ、戦い抜いて、獲得しなければならない。

切実に、家族には幸せになって欲しいとコルラードは願うのであった。









「何黄昏てんのよ、コル」

ギロリ。
幼馴染であり、初恋の相手であり、婚約者であるロベアタに睨まれコルラードは現実に思考を戻す。
うっかり思いを馳せてしまった。完全に機嫌が治っていない彼女に、コルラードは引き続き申し訳ないと身を縮こませるのだ。

『その格好は他の男を惑わす!だから…また身内のパーティーじゃだめなのか?』

『変なところで血のつながり出さないでよ!嫌に決まってるでしょ?!もう!』

『なぁ、せっかく義理娘たちとお揃いドレスなんだ。心配してくれるのは嬉しいが、今回はどうなんだ?』

『わかってる、わかってる…。だがなぁ』

婚約者と妻の艶やかなドレス姿を他に見せたくないと一悶着を起こし、到着が遅れてしまった。アルフレードの恋愛相談に乗っているが、結局自分も今だに悪戦苦闘しているのだ。
頬を少し膨らませているロベアタも、父親に呆れた目を向けている母親は随分とアンジュを気に入っている。
口を尖らせて拗ねる父も、今はこの場にいない長兄や祖父母もアンジュを大層大切にしている。
こちらの事情を知らない周囲からはよく苦労しているだろう、などと言われるが、彼女やブルナー家と付き合っている分は苦労らしい苦労は皆無だ。アルフレードと賑やかに、楽しく過ごしている。

『どちらかと言えば周りの妨害が、1番苦労していますね!』

なんて毒を吐いたり、時々飲み込んだりしながら生きている。
とにかく、今は折角の夜会を楽しむためにも、愛おしい婚約者の機嫌を元に戻さないといけない。

「仲良いよねぇ君たちも」

(皮肉ぅ)

ライオネルの呟きに苦笑を漏らしながら、ロベアタに改めて向き合うコルラードなのであった。
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