シンデレラ・スキャンダル
大切なライブ期間中にわたしのために時間を作ってくれるなんて。龍介さんと誕生日を過ごすなんて、そんなことがあっていいのだろうか。わたしのような、ただの一般人が、遠い世界にいるはずの彼と、二人きりの時間を共有するなんて。その事実だけで、胸の奥が熱くなる。

(龍介さんの傍にいてもいいの? 龍介さんと一緒に過ごすことを望んでもいいの?)

その答えを探すように、自分に向けられる龍介さんの瞳を見つめた。そこにあるのは、真摯で、少しも曇りのない、真っ直ぐな瞳。

龍介さんの言葉がいつだって不思議なほどに真っ直ぐに届くのは、彼が疑いを持つ余地がないほどに、純粋で正直な人だから。裏表がなく、自分が発する言葉に責任と真実が伴っている。

頭の中で警報が鳴り響く。「ダメだ、期待しちゃダメだ。この特別な時間は一時的なものだ。深入りすれば、傷つくだけだ」と、理性と現実が叫んでいる。彼の優しさに触れるたびに、彼への想いは深まるばかり。

なのに、目の前の彼の瞳は、子供みたいに純粋な期待に満ちていて。わたしの答えを待つ彼の表情は、国民的アーティストのそれではなく、ただの一人の男性の、少し不安げで、でも心からの願いを込めた顔だった。

「……嬉しいです」

理性よりも先に、心が勝手に答えていた。彼への特別な想いを、もう隠し通すことはできなかった。この一瞬の幸福を、わたしは選んでしまった。

その笑顔を見た瞬間、警鐘も、後悔も、未来への不安も、全てが意識の彼方へと吹き飛んだ。

わたしは今、この瞬間、彼の笑顔が見られただけで、世界中の何よりも満たされている。彼との時間を、わたしは心から望んでいるのだ。

「ありがとう。じゃあ、誕生日は一緒に過ごそう」

龍介さんの声は、弾むように明るかった。わたしも自然と笑みがこぼれる。

「ね、綾乃、ライブも来てね。龍介さんだけじゃなくて俺のことも見てね」

「ライブは……」

「無理はしなくてもいいけど、綾乃が来てくれるなら良い席を用意するよ」

龍介さんの言葉に、わたしは小さく頷いてみせた。
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