シンデレラ・スキャンダル
 やいやい言い合うわたしと優くんの様子など全く気にしていないように、龍介さんは優くんが書いたサインの端っこ、色紙の隅に、躊躇なくペンを走らせ始めた。そして出来上がったものは——なんというか、表現に困るもの。

(うん、えっと……これは?)

 龍介さんが真剣な顔で描いたその物体は、きっと、生物なんだとは思う。丸い頭に細い手足、そしてギザギザした何か。しかし、それが犬なのか猫なのか、はたまた伝説の生き物なのか、わたしには言い切る自信がない。

 字も絵も全てにおいて器用で上手な優くんと違い、龍介さんの描く「絵」は独特すぎる。一見すると、子どもの落書きのようにも見えるけれど、妙に力強い線と、計算されているのかいないのか分からないバランス感覚は、凡人の描くものとは一線を画している。

 アートと言えば、アートかもしれない。非常に前衛的で、解釈の余地しかない、アートだ。

(これは、一体なに?)

 そもそも生き物なのかさえ際どいところ。せっかくの栞ちゃんへのプレゼントが変なもので埋め尽くされていく。

 呆然とそれを見つめるわたしとは対照的に、優くんは身体をくの字に折り曲げて笑っている。悪戯っ子の兄弟はとても楽しそう。

「よし、完成」

 満足そうに色紙を眺める龍介さん。その横顔は、まるで世紀の傑作を生み出した芸術家のようだ。

 龍介さんは、一見怖そうに見える。人間以外の何かに例えるなら、その名の通り龍かもしれない。あとはライオンとか虎とか、大きくて強そうな生き物が相応しい。

 でも、話してみると、印象はすぐに覆される。柔らかい声と穏やかな話し方。子供みたいな瞳。そして、もっと話してみると、無邪気に笑って悪戯したり、はしゃいだりする姿を見せてくれる。今、目の前にいる龍介さんみたいに。

 龍介さんの違う一面を目にする度に、心臓の奥が震えて上手く息ができなくなる。指の先までその震えが伝わってきて、その衝動のまま勝手に動き出してしまいそうになるから、わたしは必死になって手を握り締める。

「本当に秘書だね」

 降ってきた優くんの声に、そちらを見れば、大きくて丸い目でわたしをまじまじとみている。

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