シンデレラ・スキャンダル
「笑ってる場合じゃないわよ、綾乃。あなた、その人のこと好きなの?」
「きっともうそんな感情じゃないんですよね……」
「それでいいの? 素敵な出会いがいっぱいあるのに、腐れ縁が残ったままじゃ出会いに気付かなくなるわ」
「まあ、忍。綾乃だって色々あるんだよ。でも僕も新しい出会いには賛成だな。ところで龍介はどうなの?」
「そうよ! リュウがいるじゃない。こんな素敵な出会い、そうはないわ」
「でも龍介さんとは出会ったばかりで」
そう、出会ったばかりなのだ。それなのに、龍介さんのこの優しさは、ある意味で異常だと思う。初めて会った人間の世話を焼いて、心配だからと自分のところに呼んで、ご飯を食べさせる。
「龍介さんってお人好しですよね」
「お人好し。確かにね」
「優しいにも程があります」
「ふふ、そうね。でも、それがリュウだから」
お人好しで優しいのが龍介さん。そう言って忍さんが笑う。
龍介さんは、あまりにも無防備だ。わたしのような人間が、その優しさを利用するかもしれないとは考えないのだろうか。何も求めず、ただ与えてくれる。その眩しさに、少し目が眩む。勝手に龍介さんを心配していたら、「ところで、綾乃はどこに泊まるの?」と忍さんが顔を覗き込んできた。
「えっと、ここと同じようなところです。貸し別荘、レンタルハウスで……」
龍介さんに見せたものと同じ紙を二人にも見せて、オーナーが男性だったことを話すと、二人は顔を見合わせて、首を横に振る仕草を見せた。
「綾乃、あなた女性なのよ? 一人きりでここに泊まるのは、やめなさい。日本でも一人でこういうところには泊まらないでしょう?」
「……そう、なんですけど」
「うちに泊まってもいいし、それに龍介のところだって空いてるんじゃない?」
いつの間にか戻ってきていた龍介さんが話を聞いていたようで、潤さんの言葉に「そうだよ」と続けた。
「一部屋余ってるから、綾乃ちゃんさえ良ければ」
リサにするのと同じように、わたしの頭に手を置いて笑う。違うのは、その後にわたしの頬を撫でないこと。その手がそのまま離れていくのを、目で追いかける。
「あら。リュウ、部屋余ってるの?」
「そう、余ってる」
「ほら綾乃、一人で泊まるなんてやめて、ここに泊まりなさいよ」
「でも……」
「リュウ、明後日にはスタッフも来るんでしょ?」
「ああ」
「ならいいじゃない。一人で何かあってからじゃ遅いのよ」
曖昧な言葉を返すわたしに業を煮やしたのか、忍さんが肩を組んで顔を寄せてきた。
「綾乃、ちゃんとしたボーイフレンドいないんでしょ?」
「……いませんけど」
「じゃあ、ちょうどいいじゃない。リュウみたいなイイ男は中々いないわよ。二人で過ごして何かあったらそれが一番よ。お互い大人なんだから、イイ関係になればいいのよ」
あっけらかんと言い放つ忍さんの口を必死で塞ぐ。
今更、自分が初心だと言うつもりはない。ただ、わたしはいつも同じような相手を選んで付き合ってきた。色が白くて、髪が黒くて、育ちの良いお坊ちゃん。相手のバックグラウンドを確認してから、選んで付き合ってきた。卓也と別れてからはそれがもっと顕著になり、条件と肩書きしか見ていなかった。
だから、こんな風に出会ったばかりの人とそういう関係になるということが、自分の中ではあまりにも現実離れしているような気がするのだ。ましてや、わたしはクリスマスには三十二歳になる。二十代の子が勢いで恋に落ちるのは理解できても、この年齢のわたしがそんな状態になるのは居たたまれないほどにみっともない。
「そんなに考えていても仕方ないでしょ。一人なんてつまらないわよ。わたしたちもまた明後日にはバーベキューパーティーに遊びに来るから。ね?」
忍さんの強さに頷きそうになるけれど、やはりいきなり男性のところに泊まる勇気はない。
「考えておきます」
「もうっ、綾乃」
まだまだ続く忍さんの声をBGMに、再び食事に手を付けた。
「きっともうそんな感情じゃないんですよね……」
「それでいいの? 素敵な出会いがいっぱいあるのに、腐れ縁が残ったままじゃ出会いに気付かなくなるわ」
「まあ、忍。綾乃だって色々あるんだよ。でも僕も新しい出会いには賛成だな。ところで龍介はどうなの?」
「そうよ! リュウがいるじゃない。こんな素敵な出会い、そうはないわ」
「でも龍介さんとは出会ったばかりで」
そう、出会ったばかりなのだ。それなのに、龍介さんのこの優しさは、ある意味で異常だと思う。初めて会った人間の世話を焼いて、心配だからと自分のところに呼んで、ご飯を食べさせる。
「龍介さんってお人好しですよね」
「お人好し。確かにね」
「優しいにも程があります」
「ふふ、そうね。でも、それがリュウだから」
お人好しで優しいのが龍介さん。そう言って忍さんが笑う。
龍介さんは、あまりにも無防備だ。わたしのような人間が、その優しさを利用するかもしれないとは考えないのだろうか。何も求めず、ただ与えてくれる。その眩しさに、少し目が眩む。勝手に龍介さんを心配していたら、「ところで、綾乃はどこに泊まるの?」と忍さんが顔を覗き込んできた。
「えっと、ここと同じようなところです。貸し別荘、レンタルハウスで……」
龍介さんに見せたものと同じ紙を二人にも見せて、オーナーが男性だったことを話すと、二人は顔を見合わせて、首を横に振る仕草を見せた。
「綾乃、あなた女性なのよ? 一人きりでここに泊まるのは、やめなさい。日本でも一人でこういうところには泊まらないでしょう?」
「……そう、なんですけど」
「うちに泊まってもいいし、それに龍介のところだって空いてるんじゃない?」
いつの間にか戻ってきていた龍介さんが話を聞いていたようで、潤さんの言葉に「そうだよ」と続けた。
「一部屋余ってるから、綾乃ちゃんさえ良ければ」
リサにするのと同じように、わたしの頭に手を置いて笑う。違うのは、その後にわたしの頬を撫でないこと。その手がそのまま離れていくのを、目で追いかける。
「あら。リュウ、部屋余ってるの?」
「そう、余ってる」
「ほら綾乃、一人で泊まるなんてやめて、ここに泊まりなさいよ」
「でも……」
「リュウ、明後日にはスタッフも来るんでしょ?」
「ああ」
「ならいいじゃない。一人で何かあってからじゃ遅いのよ」
曖昧な言葉を返すわたしに業を煮やしたのか、忍さんが肩を組んで顔を寄せてきた。
「綾乃、ちゃんとしたボーイフレンドいないんでしょ?」
「……いませんけど」
「じゃあ、ちょうどいいじゃない。リュウみたいなイイ男は中々いないわよ。二人で過ごして何かあったらそれが一番よ。お互い大人なんだから、イイ関係になればいいのよ」
あっけらかんと言い放つ忍さんの口を必死で塞ぐ。
今更、自分が初心だと言うつもりはない。ただ、わたしはいつも同じような相手を選んで付き合ってきた。色が白くて、髪が黒くて、育ちの良いお坊ちゃん。相手のバックグラウンドを確認してから、選んで付き合ってきた。卓也と別れてからはそれがもっと顕著になり、条件と肩書きしか見ていなかった。
だから、こんな風に出会ったばかりの人とそういう関係になるということが、自分の中ではあまりにも現実離れしているような気がするのだ。ましてや、わたしはクリスマスには三十二歳になる。二十代の子が勢いで恋に落ちるのは理解できても、この年齢のわたしがそんな状態になるのは居たたまれないほどにみっともない。
「そんなに考えていても仕方ないでしょ。一人なんてつまらないわよ。わたしたちもまた明後日にはバーベキューパーティーに遊びに来るから。ね?」
忍さんの強さに頷きそうになるけれど、やはりいきなり男性のところに泊まる勇気はない。
「考えておきます」
「もうっ、綾乃」
まだまだ続く忍さんの声をBGMに、再び食事に手を付けた。