シンデレラ・スキャンダル


 食事を終える時間になると、太陽が傾いていて、目の前の海を温かそうなオレンジ色に染めた。

 テラスに置かれたデッキチェアに龍介さんと並んで座り、それを眺めていると、リサがわたしと龍介さんの膝の上に座り、そのままわたしたちに寄り掛かった。その姿を見て、龍介さんと微笑みあう。リサが落ちないように寄り添えば、わたしと龍介さんの距離も近くなる。

 千葉の海でもサンセットは見てきたけれど、また違う美しさがそこにあるのか、特別に美しく感じてしまう。空が違うのか。海が違うのか。それとも風が違うのか。

 隣を見れば、今日出会ったばかりの男性の横顔が夕陽に照らされていた。大きな黒目に、夕陽の光が反射して瞬いている。膝の上の小さな重みと、高い体温。リサの柔らかな髪から、甘い子供の匂いがした。リサを抱き締めて頬を寄せると、わたしと同じように微笑んでくれる。

 なんと表現したらいいのかわからない、どこか懐かしく満たされた感覚。胸を満たした何かが溢れて、一気に喉の奥を苦しくさせる。目に熱がこもり、視界がぼやけていく。


 ——どうして。


 母への誓いが、父の言葉が、兄の温もりが一気に流れ込んでくる。まるで思い出していいとでもいうように。突然押し寄せた波に、どうすればいいのかもわからず、ただ必死に唇を噛み締める。すると、隣から小さく息を吐く音が聞こえてきた。

「なんか」

 その声に再びそちらに視線を戻して、わたしは息を呑んだ。

「……幸せだな」

 彼の唇が微かに動いて言葉が零れ落ちると、その瞳から涙が(あふ)れる。泣いたり、笑ったり。彼の表情は、目まぐるしく変わる。

 上手く言えないけれど、その時、ああ泣いていいんだと思った。海がオレンジ色だからとか、水面が輝いているからとか、風が穏やかだからとか、理由はたくさんあって。でも、きっと一番の理由は、彼の瞳からこぼれ落ちる透明な(しずく)があまりにも綺麗だったから。

 海に視線を戻すと、堪えようとしていたはずの涙が、彼と同じように溢れて頬を伝っていく。

「綺麗……」

 目の前のオレンジ色の太陽も、水面も、全てが眩いほどに輝いていく。
< 25 / 146 >

この作品をシェア

pagetop