シンデレラ・スキャンダル
◇◇◇

「……本当にバカだなあ、わたしは。いつまで経っても」

 外に視線を投げるようにして移せば、そこにはカラフルな街並みがあった。幸せそうに微笑み合う家族連れ、手を繋いで歩く恋人たちは目の奥まで照らしてしまいそうな白い光に包まれて、その全てが眩い。

 つい昨日見た光と同じ。龍介さんと潤さん、忍さん、リサが笑っていたあのテラス。この窓の向こう側みたいに光に包まれた場所。そして、夕陽に照らされる龍介さんの横顔。柔らかく細められる龍介さんの瞳。

 もう一度、携帯電話を左手に持ち、丸いボタンを押して画面のバックライトを点ける。着信履歴を出して、温かくて優しいその人の名前を表示させる。数回のコール音の後、ようやく耳に届いたのは、少し眠気を帯びた低い声だった。わたしを呼ぶ声が少しだけ掠れて、低い。

「……龍介さん、寝てました?」

「ん。うとうとしてた」

「ごめんなさい。起こしちゃいましたね」

 ただの謝罪の言葉なのに、喉の奥から絞り出すように発してしまった。

「んー大丈夫だよ」

 その何気ない一言が、最後の一押しになった。張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる音がした。

「……っ、う……」

 喉の奥から、抑えきれない嗚咽が漏れる。一度溢れ出した涙はもう止まらない。

 お店で人目を憚らず泣くなんて、みっともないにも程がある。そう頭では理解しているのに、電話の向こうの彼に、このどうしようもない恐怖と孤独を伝えたくて、必死に言葉を探してしまう。けれど、出てくるのは涙混じりの呼吸音だけ。

「綾乃ちゃん? どうしたの? 声、震えてるよ」

 龍介さんの声のトーンが変わり、すぐに心配の色を帯びた。その変化に、わたしの心はさらに締め付けられる。こんな状況で、自分のことばかりで彼を困らせている。その罪悪感と、それでも彼にすがりたいという叫びが、わたしの胸の中で激しくぶつかり合っていた。

 全てを、途切れ途切れの声で、嗚咽を挟みながら伝えれば、龍介さんは一言、迷いのない、確固たる口調で言った。

「俺のところにおいで」

 その短い一言を期待していたくせに、その声を聞けば、わたしの心は一瞬で安心に包まれた。迷子の子供がようやく親を見つけた時みたいに。

「……っ、はい……」

 声にならない声で返事をするのが精一杯だった。涙で喉が詰まって、まともな言葉が出てこない。

「泣かないで。大丈夫だから」

 電話の向こうから聞こえる龍介さんの声は、まるで魔法のようにわたしに安らぎをもたらした。
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