シンデレラ・スキャンダル
「わたしがぷよぷよしているのは今だけですよ。これから鍛えるんです」

わたしの言葉に、「何も言っていないのに」と小さく言い訳をしながら、右手の拳を口元に当てて笑う龍介さん。

「男女で筋肉のつきかたは違うからそのくらいでいいんじゃない。俺は健康的な子の方が好きだな」

「でも、体脂肪率が高いんですよね」

「ちょっと触ってみていい? そんなに脂肪がって感じには見えないけど」

「どうぞ」

龍介さんの手が、少しだけためらいがちにわたしの二の腕に触れ、そのままそっと掴んだ。その手のひらは、わずかにざらつくような硬さを持ちながらも温かい。小麦色に焼けた肌が、わたしの肌に触れると、その色の対比が妙に鮮やかに()えた。

「確かに……」

彼は、まるで珍しい物に触れるように、確かめるように、掴んだわたしの二の腕を指の腹で軽く押さえる。

「……フワフワだわ。やわらか……なんでだろう」

「いつか龍介さんみたいになるからいいんです。今だけです」

わたしが少し恥ずかしさを紛らわすようにそう言うと、彼はすぐに顔を上げた。

「いや、もう充分だって。俺みたいになったらヤバいから」

くしゃっと崩れる彼の顔に、木漏れ日のように射し込んだ日差しが当たって眩しい。

バルコニーの椅子に座って、お茶を飲んで、なんてことのない会話をする。それなのに、こうしていつもより笑顔が多くなってしまうのは、なぜなのだろう。

視線を彼からそらせば、その先には、息をのむようなコバルトブルーの海と真っ青な青空。グラスに反射する太陽のきらめきさえも眩しくて、わたしはゆっくりと瞼を下した。
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