シンデレラ・スキャンダル


昼過ぎに買い物にでかけて、夕陽が落ちかけたころに戻ると、家の中から微かにピアノの音が聞こえてきた。

初めて聴くその曲は柔らかく優しい音色で、龍介さんと同じようにキラキラと眩い。チャイムを鳴らすと、その音が止まり、家の中から彼が迎えに出てきてくれる。

「お帰り」

「すみません、邪魔しちゃいましたね」

「え? ああ、ピアノ聞こえてた?」

「はい。初めて聴いたんですけど、素敵な曲ですね。なんていう曲ですか?」

「いや……あれはね」

リビングに行くと、彼がピアノの椅子に座り、軽く鍵盤に触れて音を出す。

「今さ、曲を作ってたんだよね」

「曲を?」

「昨日話したけど、ずっと曲が作れなくて。でも、綾乃ちゃんと昨日ピアノを弾いて……そしたら、メロディーが浮かんできて」

彼がはにかみながら教えてくれる。

「歌詞はまだつけてないんだけど」

「作詞もされるんですか?」

「うん。一曲で両方はあまりしないけど……綾乃ちゃん、ちょっと聴いてくれる?」

「え、き、聴いていいんですか?」

「ちょっと行き詰まってさ。曲は結構できたんだけど、あとは歌詞がね」

「……嬉しい」

龍介さんはわたしをソファに座らせると、自分はピアノに向かい椅子に浅く腰掛ける。そして、鍵盤を軽く触りながら微かに歌い、「よし」と一言呟いてからこちらを見た。

「では、聴いてください」

「ふふ。はい」

観客はわたしだけ。お辞儀をする龍介さんに同じくお辞儀を返して、姿勢を正してみる。龍介さんが奏で始めたその音に耳を澄ます。

ピアノの一音一音が、心をノックするみたいに響く。走り出してしまいそうなのに、走り出せないその曲は、まるでわたしの気持ちみたいに揺れ動く。

鍵盤の上で軽やかに動く指。楽譜を見る龍介さんの横顔。美しくて眩しいのに、胸が少し痛いくらいにきゅうきゅう鳴るのはどうしてだろう。

あまりにもキラキラしている曲だからだろうか。それとも、本当は切ない曲だからだろうか。まだ歌詞がついていないその曲は、わたしに疑問を残していく

(——龍介さん、これはどんな曲ですか?)

最後の音が響いて、そして龍介さんが短く息を吐く。
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