シンデレラ・スキャンダル
◇◇

それから、何度も龍介さんにピアノを弾いてもらった。自分でも口ずさめる程に繰り返し聴けば、フレーズが頭の中に湧き出てくる。ピアノを弾く龍介さんの隣に座って、二人の言葉を書きとめていく。

少し休憩をしようとピアノとノートをそのままに、わたしたちは庭を抜けて砂浜に出た。

「気持ちいいですね」

「うん、風がいいね」

「はい」

持ってきた丸い小さなラグを砂浜に置いて、その上に二人で腰を下ろす。小さなラグは、二人の距離を自然と近づけてくれる。

月明かりが照らす海岸。昼間の暑さを少しだけ残す砂浜。ひいては満ちてと繰り返す優しい音。時間がゆったりと、揺らめく波のように流れていく。

「龍介さんの声は不思議ですね。隣で聴いていると……胸がいっぱいになります」

「本当?」

「初めて聞いたときは鳥肌が立ちました」

「うそ」

「なんで笑うんですか。本当ですよ」

嬉しいと言いながらも恥ずかしそうに微笑む彼を見つめた。

「でも良かった。綾乃ちゃんが笑ってて」

金色の髪に髭、大きく肌蹴た胸元や腕には黒いタトゥー。一見、わたしが近づいたことのない人種に見える。でも、彼から発されるのはゆっくりとした穏やかな話し方に柔らかく低い声。

優しくて、涙もろくて、純粋すぎるほどに心が真っ直ぐで温かい。こんな人は初めて。

遠くを見つめる彼の瞳を見つめると胸が苦しくなっていく。あと数日後には、さようならを伝え合わなければいけないのに、こんな気持ちはどうしたらいいのだろう。

「……ハワイってすごいですね。こんなに満たされていくのは初めてです」

「俺も初めて来たときに同じこと思った。空っぽになるようで満ち足りていく不思議な感じ」

「はい。でも、わたし一人だったらこんな風に過ごせなかったです」

「楽しい?」

微笑んで頷いてみせる。「毎日が夢のようです」と言うと、彼は笑った。

「龍介さんに出会わなかったら、こんなに素敵な日々にならなかったです」

「俺だってそうだよ。こんな風に一緒に海を見ることになるなんて思わなかった」

「本当ですね」

「一緒の飛行機で、席が隣になって、スーパーでまた会って、今、こうして一緒に過ごしてる。すごいよね」

「初めて見たとき、龍介さんのこと絶対に怖い人だと思ったのに」

彼は笑って、視線を海に移した。
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