真珠な令嬢はダイヤモンドな御曹司と踊る
「何を言うんだ。契約結婚した時にワルツの話はしていなかった。だが君は俺の願いを叶えてくれた。自主練習もたくさんしたんだろう?その努力にこんな褒美じゃちっぽけすぎるくらいだ」
社長はネックレスを手にした。
すっと私の後ろに周って私の首にネックレスをつけてくれる。
私は首に光るダイヤを見てぼうっとなってしまった。
「すごく綺麗......社長はいつもこんな素敵なものに囲まれてるんですね」
「そうだな。でも、女性に贈ることは滅多にないんだ。喜んでもらえると嬉しい」
私だけのネックレス......私だけが特別じゃないとか、社長は喜ばせるのがうまいとか、皆に親切なのだから、とか。いろんなことを考えて社長の好意をストレートに喜ばないようにしていた。
でも、今は。今くらいは喜んでもいいんじゃない?
「嬉しいです。大事にします」
思わず目に涙が滲んだ。いろんなことがあった二か月だったけど。頑張ってよかった。
「はっ!」
私が声をあげたので、社長も驚いた顔をした。
「どうしたんだ」
「このネックレスをしたら......ますます今夜のワルツ失敗できないなって緊張してきちゃいました」
さっきまで落ち着いていたのに胸のドキドキが止まらない。もう舞踏会の開始時間まで一時間くらいなのに。
「やだ......どうしよう」
急に、舞踏会で派手に失敗してしまう自分を想像してしまう。あんなに練習したのに?いやでも舞踏会なんて生まれて初めてだ。雰囲気にのまれてステップが踏めないかも。
どんどん嫌な予感がやってくる。
社長が私の手を取った。
私は青ざめたままそれを見ていると、社長はそっと私の手首に黄色のリボンを巻いて結んだ。さっきのネックレスの箱についていたリボンだ。
「失敗しそうになったらこのリボンを見ること。君の味方だ。これを見たら君は失敗しないんだ。そう思い込む。おまじないだよ」
これを見たら失敗しない......
私は社長に言われたことを心の中で反芻した。
「少し、落ち着いてきました......」
社長はにっこり笑った。
「文香は真面目だから考えすぎなんだよ。舞踏会で君は一人じゃない。俺だっているじゃないか」
いつもと変らない笑顔。睫毛の多い瞳にきりっとした眉。自信が垣間見える口元。
そうだ。踊っている間、確かに私は社長を独り占めできるんだって何度も思ったじゃないか。
私はほっこりした気持ちを取り戻し、社長に笑顔を向けた。
「はい。ありがとうございます」
ダンスホールに移動する時間になって貴重品の入ったバッグを持ってホテルを出た。貴重品とコートはダンスホールのクロークに預けることになっている。
舞踏会会場のダンスホールに到着するともうすでに客席はざわついていた。ホールの半分はテーブルと椅子。残りの半分の空いたスペースで踊ることになりそうだ。想像よりも客席と近い。これならシュミット氏にダンスをしっかり観てもらえそう。
社長としばらくホールの雰囲気を味わっていたら社長が男性から声をかけられていた。
「知り合いだ。少し話してくるよ」
そう言って人込みの中に行ってしまった。私はもうすぐワルツを踊るんだわ、という気持ちになってきて臆病風に吹かれそうになる。しかし手首に巻いたリボンを見て気持ちを落ち着かせていた。
「文香さん」
不意に肩を叩かれて振り返る。そして小さく声をあげそうになった。
「深町先生!」
水色のロングドレスに身を包んだ深町先生がにっこり微笑んでいる。
「ど、どうしてここに?」
「私もこの舞踏会で踊ってみたくなって。来ちゃった。文香さん達に会えるといいなと思っていたけど、早々に会えたわね」
会えるといいなって......偶然じゃ、ない、よね...。
思わずぞっとして背筋に嫌な汗が流れた。
「そうだ。さっき桐生さんに会ってね。ホールの出口近くに来てほしいって言ってたわよ。一緒に行きましょう。私も化粧室で鏡が見たいの」
「え?そうなんですか?」
社長は人込みに紛れてどこにいるかわからない。出口近くか。これから踊るダンスの最後の打合せをするのかもしれない。ここはちょっとざわついているし。
深町先生の後をついて行きながら先生の歩みが早いのに気づいた。この会場に来たことがあるんだろうか。なんだか足取りが正確で迷いがない。
ホールの外の廊下に出る。
「文香さん、こっちよ」
先生に近づいた瞬間、びりっと布が割かれる音がした、
「え?」
先生の背後にあったドアがパッと開いたすぐ後に背中をドンと押された。つんのめってドアの中に入ると今度はドアがバタンと締められた。
入った部屋は真っ暗だ。
何?何が起こってるの?
ドアを開けようとするが開かない。
「深町先生!開けてくださいっ」
叫ぶと先生の高らかな笑い声が聞こえた。
「ふふふ。開けるわけにはいかないわ。だって桐生さんと舞踏会で踊るのはこの私なんだから」
ごくりと息をのんだ。この人は自分の執着心を手放すことができないんだ。そしてこんな犯罪めいた事も厭わないんだ。
改めてぞっとして、軽々しく先生について行った自分のあさはかさに唇をかんだ。
どうしよう!もう舞踏会が始まるのに!
タイミングを逃してシュミット氏が帰ってしまったらこの二か月のダンスの特訓も意味のないことになる。
なんてこと。
そして何よりも桐生社長の足手まといになっていることが許せなかった。
不意に深町先生が誰かとドイツ語で話しているのが聞こえた。そしてガチャっと音がした。さっきまでは微妙に動いていたドアがびくともしなくなる。
施錠されたんだ......!
「深町先生!開けて、開けてください!」
もうドアの近くに彼女がいるかどうかもわからない。手探りで部屋の中のものを触ってみるとモップとバケツが置いてあるようだ。ここは多分掃除道具室。
どうしよう。こんなところにいるなんて、社長にどう知らせたらいいの?どうすれば見つけてもらえる?
ドンドンとドアを何度も叩く。ヘルプミーと叫んでも人が近づいてくる気配がない。
すると手から何かが外れた。
おまじないのリボンがほどけたんだ......。
さっきドアに入る時にした布の裂ける音。あれは私のドレスが裂ける音だった。
ロングドレスの前が大きく裂けているのがわかる。深町先生の仕業だろう。
もうダメだ、しくじった。もう舞踏会に出られない......!
そこまで考えてハッとした。私はリボンをドアの隙間から外に出してみた。廊下の絨毯は黒っぽい色だった。この鮮やかな黄色のリボンはきっと目立つはず。
社長、気づいて......!
それからしばらく身を縮めていると、ガチャリ、と音がした。
ドアの隙間から光が差し込んでくる。
「文香、無事か?!」
大好きなその声に私は涙腺が緩むのを感じた。
「社長......!」
もう何も考えられなくて社長の胸に飛び込む。
「怖かっただろう。もう大丈夫だ」
社長の落ち着いた声にやっと安心感がわいてくる。
「リボンを出してくれていてよかった。すぐに文香のリボンだとわかったよ。ここの鍵を持っているスタッフを探すのに手間どったんだ。すまなかった」
そして深町先生の事も話してくれた。先生は私を閉じ込めた後、社長のもとに来て
「文香さんは体調が悪いと言ってホテルに帰ったから私と踊りましょう」
と言ったのだそうだ。社長は私の体調は悪くなかったはず、と深町先生の嘘を見抜いた。
「文香に何かあったらあなたを訴えますよ、と言ったらこの掃除用具室の事を吐いたよ」
「そうだったんですね......」
「まだ時間は大丈夫だ」
深町先生の嫉妬心から大事な舞踏会を台無しにされてしまうところだった。
しかしまだ問題が残っていた。
「社長、どうしましょう、ドレスが......」
腰から足元にむけて大きく裂けている。しかも掃除用具室の汚れもついてドレスが薄汚れている。
これじゃ踊れない......!
そう思った瞬間、声が響いた。
「あら、どうしたのこんなところで」
ダンスホールはやわらかな熱気に包まれていた。ワルツの曲が流れて私は隣にいる社長の顔を見た。
「さ、踊ろう、お姫さま」
いたずらっぽい目をウインクして社長は言った。
「はい」
私は社長の手を取って最初のステップを踏んだ。
いろんなことがあったけど、今はこの瞬間を楽しもう。こんな舞踏会で踊る機会なんてもう一生ないかもしれない。
それに何より。私は好きな人と踊れるんだ。
こんな幸福って、ない。
ダンスはなめらかに進んでいった。私は社長のリードに身を委ねる。私の背に回された手は誰よりも頼もしい社長のもの。力強い足さばきも大好きな桐生さんのもの。
私はきらきらした瞬間を存分に味わって踊った。
「文香、終わったよ」
社長の声ではっとする。
気が付けばワルツの曲は終わっていた。
自分がどれだけ一心不乱に踊っていたかがわかった。
「終わったんですね......」
私は、社長の顔を見た。社長は頷いた。フロアの端でお互いの息が落ち着くのを待つ。
舞踏会の曲はタンゴ調のものに変っていた。客席についた人達は楽しそうにダンスを見ながら歓談している。その中にノア・シュミット氏もいるはず。
「結果発表といこうか」
社長が緊張の滲んだ声で言った。そう気を引き締めなくてはいけないのはここから。もう悔いはないけれど、とにかくいい結果が出るよう祈るしかない。
社長はネックレスを手にした。
すっと私の後ろに周って私の首にネックレスをつけてくれる。
私は首に光るダイヤを見てぼうっとなってしまった。
「すごく綺麗......社長はいつもこんな素敵なものに囲まれてるんですね」
「そうだな。でも、女性に贈ることは滅多にないんだ。喜んでもらえると嬉しい」
私だけのネックレス......私だけが特別じゃないとか、社長は喜ばせるのがうまいとか、皆に親切なのだから、とか。いろんなことを考えて社長の好意をストレートに喜ばないようにしていた。
でも、今は。今くらいは喜んでもいいんじゃない?
「嬉しいです。大事にします」
思わず目に涙が滲んだ。いろんなことがあった二か月だったけど。頑張ってよかった。
「はっ!」
私が声をあげたので、社長も驚いた顔をした。
「どうしたんだ」
「このネックレスをしたら......ますます今夜のワルツ失敗できないなって緊張してきちゃいました」
さっきまで落ち着いていたのに胸のドキドキが止まらない。もう舞踏会の開始時間まで一時間くらいなのに。
「やだ......どうしよう」
急に、舞踏会で派手に失敗してしまう自分を想像してしまう。あんなに練習したのに?いやでも舞踏会なんて生まれて初めてだ。雰囲気にのまれてステップが踏めないかも。
どんどん嫌な予感がやってくる。
社長が私の手を取った。
私は青ざめたままそれを見ていると、社長はそっと私の手首に黄色のリボンを巻いて結んだ。さっきのネックレスの箱についていたリボンだ。
「失敗しそうになったらこのリボンを見ること。君の味方だ。これを見たら君は失敗しないんだ。そう思い込む。おまじないだよ」
これを見たら失敗しない......
私は社長に言われたことを心の中で反芻した。
「少し、落ち着いてきました......」
社長はにっこり笑った。
「文香は真面目だから考えすぎなんだよ。舞踏会で君は一人じゃない。俺だっているじゃないか」
いつもと変らない笑顔。睫毛の多い瞳にきりっとした眉。自信が垣間見える口元。
そうだ。踊っている間、確かに私は社長を独り占めできるんだって何度も思ったじゃないか。
私はほっこりした気持ちを取り戻し、社長に笑顔を向けた。
「はい。ありがとうございます」
ダンスホールに移動する時間になって貴重品の入ったバッグを持ってホテルを出た。貴重品とコートはダンスホールのクロークに預けることになっている。
舞踏会会場のダンスホールに到着するともうすでに客席はざわついていた。ホールの半分はテーブルと椅子。残りの半分の空いたスペースで踊ることになりそうだ。想像よりも客席と近い。これならシュミット氏にダンスをしっかり観てもらえそう。
社長としばらくホールの雰囲気を味わっていたら社長が男性から声をかけられていた。
「知り合いだ。少し話してくるよ」
そう言って人込みの中に行ってしまった。私はもうすぐワルツを踊るんだわ、という気持ちになってきて臆病風に吹かれそうになる。しかし手首に巻いたリボンを見て気持ちを落ち着かせていた。
「文香さん」
不意に肩を叩かれて振り返る。そして小さく声をあげそうになった。
「深町先生!」
水色のロングドレスに身を包んだ深町先生がにっこり微笑んでいる。
「ど、どうしてここに?」
「私もこの舞踏会で踊ってみたくなって。来ちゃった。文香さん達に会えるといいなと思っていたけど、早々に会えたわね」
会えるといいなって......偶然じゃ、ない、よね...。
思わずぞっとして背筋に嫌な汗が流れた。
「そうだ。さっき桐生さんに会ってね。ホールの出口近くに来てほしいって言ってたわよ。一緒に行きましょう。私も化粧室で鏡が見たいの」
「え?そうなんですか?」
社長は人込みに紛れてどこにいるかわからない。出口近くか。これから踊るダンスの最後の打合せをするのかもしれない。ここはちょっとざわついているし。
深町先生の後をついて行きながら先生の歩みが早いのに気づいた。この会場に来たことがあるんだろうか。なんだか足取りが正確で迷いがない。
ホールの外の廊下に出る。
「文香さん、こっちよ」
先生に近づいた瞬間、びりっと布が割かれる音がした、
「え?」
先生の背後にあったドアがパッと開いたすぐ後に背中をドンと押された。つんのめってドアの中に入ると今度はドアがバタンと締められた。
入った部屋は真っ暗だ。
何?何が起こってるの?
ドアを開けようとするが開かない。
「深町先生!開けてくださいっ」
叫ぶと先生の高らかな笑い声が聞こえた。
「ふふふ。開けるわけにはいかないわ。だって桐生さんと舞踏会で踊るのはこの私なんだから」
ごくりと息をのんだ。この人は自分の執着心を手放すことができないんだ。そしてこんな犯罪めいた事も厭わないんだ。
改めてぞっとして、軽々しく先生について行った自分のあさはかさに唇をかんだ。
どうしよう!もう舞踏会が始まるのに!
タイミングを逃してシュミット氏が帰ってしまったらこの二か月のダンスの特訓も意味のないことになる。
なんてこと。
そして何よりも桐生社長の足手まといになっていることが許せなかった。
不意に深町先生が誰かとドイツ語で話しているのが聞こえた。そしてガチャっと音がした。さっきまでは微妙に動いていたドアがびくともしなくなる。
施錠されたんだ......!
「深町先生!開けて、開けてください!」
もうドアの近くに彼女がいるかどうかもわからない。手探りで部屋の中のものを触ってみるとモップとバケツが置いてあるようだ。ここは多分掃除道具室。
どうしよう。こんなところにいるなんて、社長にどう知らせたらいいの?どうすれば見つけてもらえる?
ドンドンとドアを何度も叩く。ヘルプミーと叫んでも人が近づいてくる気配がない。
すると手から何かが外れた。
おまじないのリボンがほどけたんだ......。
さっきドアに入る時にした布の裂ける音。あれは私のドレスが裂ける音だった。
ロングドレスの前が大きく裂けているのがわかる。深町先生の仕業だろう。
もうダメだ、しくじった。もう舞踏会に出られない......!
そこまで考えてハッとした。私はリボンをドアの隙間から外に出してみた。廊下の絨毯は黒っぽい色だった。この鮮やかな黄色のリボンはきっと目立つはず。
社長、気づいて......!
それからしばらく身を縮めていると、ガチャリ、と音がした。
ドアの隙間から光が差し込んでくる。
「文香、無事か?!」
大好きなその声に私は涙腺が緩むのを感じた。
「社長......!」
もう何も考えられなくて社長の胸に飛び込む。
「怖かっただろう。もう大丈夫だ」
社長の落ち着いた声にやっと安心感がわいてくる。
「リボンを出してくれていてよかった。すぐに文香のリボンだとわかったよ。ここの鍵を持っているスタッフを探すのに手間どったんだ。すまなかった」
そして深町先生の事も話してくれた。先生は私を閉じ込めた後、社長のもとに来て
「文香さんは体調が悪いと言ってホテルに帰ったから私と踊りましょう」
と言ったのだそうだ。社長は私の体調は悪くなかったはず、と深町先生の嘘を見抜いた。
「文香に何かあったらあなたを訴えますよ、と言ったらこの掃除用具室の事を吐いたよ」
「そうだったんですね......」
「まだ時間は大丈夫だ」
深町先生の嫉妬心から大事な舞踏会を台無しにされてしまうところだった。
しかしまだ問題が残っていた。
「社長、どうしましょう、ドレスが......」
腰から足元にむけて大きく裂けている。しかも掃除用具室の汚れもついてドレスが薄汚れている。
これじゃ踊れない......!
そう思った瞬間、声が響いた。
「あら、どうしたのこんなところで」
ダンスホールはやわらかな熱気に包まれていた。ワルツの曲が流れて私は隣にいる社長の顔を見た。
「さ、踊ろう、お姫さま」
いたずらっぽい目をウインクして社長は言った。
「はい」
私は社長の手を取って最初のステップを踏んだ。
いろんなことがあったけど、今はこの瞬間を楽しもう。こんな舞踏会で踊る機会なんてもう一生ないかもしれない。
それに何より。私は好きな人と踊れるんだ。
こんな幸福って、ない。
ダンスはなめらかに進んでいった。私は社長のリードに身を委ねる。私の背に回された手は誰よりも頼もしい社長のもの。力強い足さばきも大好きな桐生さんのもの。
私はきらきらした瞬間を存分に味わって踊った。
「文香、終わったよ」
社長の声ではっとする。
気が付けばワルツの曲は終わっていた。
自分がどれだけ一心不乱に踊っていたかがわかった。
「終わったんですね......」
私は、社長の顔を見た。社長は頷いた。フロアの端でお互いの息が落ち着くのを待つ。
舞踏会の曲はタンゴ調のものに変っていた。客席についた人達は楽しそうにダンスを見ながら歓談している。その中にノア・シュミット氏もいるはず。
「結果発表といこうか」
社長が緊張の滲んだ声で言った。そう気を引き締めなくてはいけないのはここから。もう悔いはないけれど、とにかくいい結果が出るよう祈るしかない。