真珠な令嬢はダイヤモンドな御曹司と踊る
 どきん、と胸の内が揺れた。これから重要な事を言われる予感がした。
「契約結婚を申し出たのは、君と少しでも一緒にいたかったからだ。急な求婚だったから契約結婚ということにしないと承諾してもらえないと思って...俺の臆病さがそうさせたんだ」
 私は社長の目を見つめた。迷いのない強い目だった。
「でも秋から今まで君といて。ひょっとして君も俺のことが好きなんじゃないかと思うようになった。もし俺の自惚れでないのなら、改めて俺と結婚してほしい。俺と一生を共にしてくれないか」
 私は瞳から涙をあふれさせた。
 神様......!
 ずっと怖かった。この結婚が契約結婚で別れがある、ということが。だって私はこんなにこんなに社長のことが好きになっているのに。
 私は手で顔を覆って涙を隠した。
「ふ、文香、どうした」
 泣き出した私を社長が心配そうな声を出す。ああ、なんていとしい人。
 一生懸命に指で涙をぬぐって。なんとか顔をあげて私は言った。
「私は、桐生社長のことが、本当に大好きです。一生奥さんでいさせてください」
 社長は私をぎゅっと抱きしめた。
「......ありがとう。大事にする」
 また目に涙がこぼれそうになるのを必死でこらえる。
 そっと身体を離された。社長はパンツのポケットから小さな箱を取り出した。ぱかりと開いたそこにはダイヤの指輪が光っていた。
 指輪を取り出した社長は、私の薬指にその指輪をはめた。
「綺麗......」
 うっとりと見とれてしまう。
「真珠じゃなくてよかったか?」
「こっちの方が社長らしいです」
 ん、と社長が咳払いした。
「その社長っていうのやめてもらえないか。もう夫婦なんだぞ」
 めっと言うように私をにらみつける。私はおかしくて笑いながら雅敏さん、と言った。
「好きだよ文香」
 雅敏さんの笑顔が近づいてきたと思ったら唇が奪われていた。触れているだけかと思ったらすぐに舌が入り込んできて熱いキスになった。舌を吸い合うと自分の身体が熱くなるのがわかる。火照っているのが雅敏さんにバレてしまいそうで恥ずかしい。身をよじろうとしたらふっと身体が浮き上がった。
 雅敏さんが私を横抱きにしたのだ。あっというまにベッドルームに連れていかれ、ベッドに降ろされた。
「今日はもうダブルベッドでも平気ですね」
「黙って」
 また熱いキスをされた。私はワンピース型のルームウェアを着ていた。ボタンが外される気配がして、雅敏さんの熱い手が私の胸を触った。胸の頂を指でこすられて腰が跳ねる。
 足の間が疼くような感じがあって唇から吐息がもれる。雅敏さんは私の身体を探りながら時折キスをしてきた。もっとひとつになりたいもどかしさを感じながらキスに応える。
 唇だけでなく体中にキスされた気がして朦朧としていたら雅敏さんが私の中に入ってきたのが分った。痛みがあったけれど雅敏さんの気遣いが伝わって優しくリードしてくれた。お互いの身体のリズムが揃ったような瞬間があって雅敏さんは一気に登りつめた。私はぎゅっと雅敏さんに抱きついた。
 かすれた声で雅敏さんが文香、と呟いた時、圧倒的な愛情が降ってきた。

 翌朝。思う存分雅敏さんの寝顔を見てから起こしてあげた。寝ぼけた顔で私を見る雅敏さんは可愛かった。
「おはよう奥さん」
「ふふっ。おはようございます。お腹がすいてませんか?」
 すいてるとも、と言う雅敏さんに先に洗面所を使ってもらった。私は白のシンプルなワンピースを着た。このメルヘンチックなホテルに似合うような気がして。
 二人でホテルのレストランに朝食をとりに行く。昨日の夕食が美味しかったので期待していたらやっぱり最高に美味しかった。
 パンを美味しいなあとしみじみ味わっているとふと疑問がわいた。
「雅敏さん、訊きたいことがあったんです」
 何、とコーヒーを飲みながら雅敏さんが返事をする。
「ひめかさんから聞いたんですけど、雅敏さんが『さおりがなあ』って呟いたことがあったって。特別な人だったのかなって......気になって」
 言いながらやっぱり深町先生のことだろうかとも考える。
「さお...ああ、さおりな」
 随分くだけた言い方に胸がざわつく。
「それ預かったウサギの名前だ」
「......は?」
 思いがけない返答に驚きを隠せない。
「親友が急な出張で俺に二日だけ預かってくれってウサギをケージに入れて持ってきたんだ。その二日間は都合をつけて早く部屋に帰った」
「じゃあ、ひめかさんの誘いを断るのに『さおりがなあ』って言っただけですか?」
「ああ。そうだな。その頃ひめか嬢からよくアプローチされてたからつい出たんだろうな」
「はあ......」
 私は拍子抜けしてぽかんとしてしまった。あんなに深町先生と雅敏さんのことでざわざわしてたのは何だったんだろう。まあ深町先生が雅敏さんを好きだったのは事実だったけれども。
 深町先生についてわかったことがあった。雅敏さんが深町先生と二人だけのレッスンの時、深町先生が激しいアプローチをしてきて困っていたそうだ。そのアプローチにすごい執着というか粘着性を感じて不穏に思い深町先生の経歴を人を使って調べてもらったそうだ。
 すると過去にダンスのパートナーと衝突し監禁しようとして警察沙汰になっていたことがわかった。現在もそのパートナーに近づいたら罰金が発生するらしい。
 そのため雅敏さんが言った「訴えますよ」という言葉にすぐにひるんだのだと思う。
 雅敏さんはこの事をドイツ行き直前に知ったのだが私が気をもむといけないと思って黙っていたのだそうだ。私も雅敏さんもダンスレッスンに通い終えていたのでもう深町先生と会うことはないと思っていた。
 ところが彼女はドイツまで来てしまった。レッスンのスケジュールを詰めるときにワルツを踊る日時と場所をうっかり伝えてしまいうかつだった、と雅敏さんは唇をかんだ。
 そんな経緯もあったけれど、今となってはもういいか、と思う。
「どうした。さおりが俺の恋人かと思ってやきもきした?」
 にやにやして雅敏さんが言う。こんな顔も持ってるんだなあ、と呆れてしまう。私より年上のくせに中学生男子みたいだ。
「違います。だいたい雅敏さんは女性にいい顔しすぎです。もうちょっと考えてください」
「全方位的にサービスしないと厳しい世界は渡ってこれなかったんだ。処世術と言ってほしいね」
 今度はドヤ顔してきた。なんだか私の好きな人は恰好いいだけでなく可愛い人でもあるらしい。まったくもう困ったものだ。
 雅敏さんも私も同じタイミングでコーヒーをおかわりして二人で笑いあった。

 日本に帰国して雅敏さんはアウイナイト関連で忙しくしていた。私は休んでいたバレエをを再開しだいぶ自分の時間が戻ってきていた。本当にたまにある雅敏さんの早帰りの日に凝った料理を作ったりした。
 そんな毎日だったある夜。仕事から帰ってきた雅敏さんにデカフェの紅茶をいれてあげていた時の事だった。
「明日は水曜日だな。午後から文香、空いてないか」
「午後からなら大丈夫です」
 バレエ教室も行った後だし。
「実家に行って父や祖父にアウイナイトの報告に行きたいんだ。一緒に行ってくれるか」
「もちろんです」
 私はソファに座る雅敏さんの側に座ってそっと寄り添った。
「また親父に嫌味を言われるかな」
「さあ......」
 雅敏さんの胸の内にお義父様との不協和音がある。いい関係を築きたいのにそれができない。もどかしさがあるのだろう。
「文香と一緒に過ごしていると楽しいからよりいっそう父のとこに行くのが気が重くなるんだよな」
 雅敏さんは苦笑して私の頬にチュッとキスをした。
 その時、ちょっとしたひらめきがあって。私は雅敏さんの手を握った。
「ご実家へ行くとき、持っていきたいものがあります」

 翌日の午後。私は雅敏さんの運転で桐生家に行った。前回来た時は秋だったので庭に花がちらほら見えたけれど、冬の今となっては少し寂しい感じだった。邸宅はやはり何度来ても大きいと思える存在感だ。
 今日はお義父様の秘書はいないらしく家政婦さんが書斎に案内してくれた。
 書斎にノックして入るとお義父様は前回と全く変わらず本に目を落としていた。
「会長。今日は報告があって来ました」
 お義父様はこちらを見向きもしなかった。
「ふん。ここに来る暇があったら仕事をしろ」
「その仕事の事で来ました。0.3カラットのアウイナイトを手に入れました」
 お義父様がはっとした顔をしてこちらを見た。
「アウイナイトの0.3カラット。まさかシュミット氏の?」
 雅敏さんの顔つきが引き締まり、深く頷いた。
「そうです。シュミット氏に交渉を重ねてこうなりました。ここにいる文香も協力してくれたんです」
 雅敏さんは手短にワルツでシュミット氏の賞賛を得た話をした。
「そんな事まで......お前は思いがけないことをやるな」
 前回のお義父様の態度からしたら随分やわらかな言葉だった。私は雅敏さんの心の傷が軽くすんでよかった、とほっとした。
「報告はわかった。アウイナイトは丁寧に扱えよ」
 そう言って本の世界に戻ろうとされた。私は咄嗟に口を開いた。
「あの。こちらの図鑑を雅敏さんに買われませんでしたか」
 じろり、と会長は私を一瞥した。しかし私が手にした図鑑を見てはっとした顔をした。
 図鑑は雅敏さんが子供の頃、お母さんから見せられていた鉱物図鑑。もう四隅がぼろぼろで古びているけれど、それだけ何度も見たんだろうというのが伝わってくる有様だった。
「それを...雅敏、今まで持ってたのか」
 驚きを隠さずお義父様は言った。
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