真珠な令嬢はダイヤモンドな御曹司と踊る
「もちろんです。俺の宝石への興味はこの鉱物図鑑から始まりました。これがあったから宝石に馴染むのも早かったようです」
お義父様は視線をさまよわせた。そしてぽつりと言った。
「そうか......加奈子はお前にこれを見せていたんだな。そうか」
後から聞いたのだが加奈子というのが雅敏さんの実のお母さんの名前なのだそうだ。
「雅敏」
少し改まった声でお義父様は言った。
「お前の顔は加奈子によく似ている」
え、と雅敏さんの身体が固まった。思いがけない事を言われたんだろう。
「だから...お前がいると加奈子がいるような気がして...責められているような気持ちになっていた」
雅敏さんはぼうっとお義父様を見ていた。
お義父様が隠していた本心に触れて感じ入っているのだと思う。
「この図鑑は加奈子と付き合い出した頃に加奈子にせがまれて買ってやった。子供に見せるんだと言っていたがまさか本当にそうしていたとは」
雅敏さんは頷いて一歩お義父様に近づいた。
「母は俺にいつも『いつかこれが必要になるから』と言っていました。きっとあなたが来てくれるのを信じて待っていたのだと思います」
お義父様は二度ほど頷いた。それ以上言葉を紡ごうとはされず、ゆっくりと本の世界へと戻っていった。
私には何も言われなかった。だがそれで満足だった。前回来た時よりも雅敏さんとお義父様の関係は少し変った。それだけで十分な気がする。もっと時間をかければ歩みよれるのではないだろうか。
お義父様の書斎を後にして私と雅敏さんは駆け足で温室へと向かった。
おじい様は前回と同じシャツにオーバーオールという庭師スタイルで私たちを迎えてくれた。
よう来たよう来たと喜んでくれるだけでなく、アウイナイトの話をすると
「でかしたぞ雅敏!」
そう言って雅敏さんを抱きしめてばんばん背中を叩いた。
私はこのおじい様の愛情こそ雅敏さんの人たらしの大元なんじゃないかと思う。このおじい様がいてくれて、雅敏さんはどんなに癒されたことだろう。
おじい様のくしゃくしゃの笑い皺を見ているだけで豊かな気持ちになった。雅敏さんがワルツの話をすると感嘆の吐息をもらして私の手を両手で握った。
「文香さん。よう頑張ってくれたね。雅敏のために、ありがとう」
目に涙をにじませて言ってくださった。私の目にも涙がにじんだ。
「いいえ。雅敏さんの熱意のおかげです」
うんうんとおじい様は口角をあげてにっこり笑った。冬の寒空も吹き飛ばすような暖かい笑顔だった。
三か月後。シュミット氏から仕入れたアウイナイトは大変高貴な方に購入してもらえたと雅敏さんから聞いた。スマートに売ることができて雅敏さんも喜びを噛みしめていた。
そんな雅敏さんを見て私も嬉しかった。
エピローグ
「いえっ、やっぱり清楚なのは真珠だと思います!」
「そうかな。俺はオパールとかの方がきらめきもすごいし、エメラルドも深い輝きがあるしだな」
さっきから私と雅敏さんは珍しく口論している。
言い合いの元は雅敏さんの姪のはなちゃんである。もうすぐハイスクールに入学するはなちゃんにちょっとしたお祝いのジュエリーを選ぼうとなったのだ。
はなちゃんのお父さんは雅敏さんの義理のお兄さんだ。ずっと海外で弁護士をやっているからお会いしたことはないのだけれど、私と雅敏さんに結婚祝いを贈ってくださったのだ。とても高級なワイングラスのペアのものだった。
お返しをしなくてはと話し合っていたらはなちゃんの高校入学祝いはどうだろう、とそこまでは意見が一致したのだが。
あっさりしているけれど品のいい真珠アクセサリーを贈ろうとする私と、煌びやかな宝石のブローチを贈ろうとする雅敏さんで意見が衝突してしまった。
雅敏さんはジュエリーブラッドの商品を知り尽くした俺が言うから間違いないと言うし私だって真珠でお祝いをしたいお客様の相談に何度も乗ったことがあると譲れない。
結局お互い折れることができずじゃんけんで決めることにした。すると真珠の神様が味方したのか私が勝った。
「うーん、こういうプレゼント用の真珠アクセサリーを選ぶのって本当に楽しいんですよね。うきうきしちゃう」
私が上機嫌でどの真珠アクセサリーにしようかと悩んでいると雅敏さんがふうと息をついた。
「まあそういう文香が好きで結婚したんだからしょうがないな」
勝負に負けた割にはさばさばした感じの雅敏さんだ。めったにしない言い合いをしても変らず私を肯定してくれる。相変わらず人たらしだ。
「私もこういう時に粘着質にならないさっぱりした雅敏さんが好きです」
はいはい、と雅敏さんは私の頭をくしゃくしゃとした。
「そろそろ時間じゃないか」
「あ、いけない」
今は朝の九時。地下鉄に乗って河原真珠店に行かなくてはいけない。雅敏さんは夜が遅いのでこのお祝いの相談も朝の時間にする流れになったのだった。
もう朝食の食器も片づけてあるのであとはコートを羽織るだけだ。
玄関で靴を履いていると雅敏さんがやってきた。大きく腕を広げたので私は嬉しくなって腕の中に飛び込んだ。
出勤前のハグはほとんど習慣になっている。
雅敏さんと暮らすようになって一年が経った。
あっという間の一年だったが雅敏さんはジュエリーブラッドへ、私は河原真珠店へと通勤するのは変らない。
地下鉄を降り、秋の気配を感じながら商店街を歩いて河原真珠店に到着する。
「おはよう。文香」
更衣室で制服に着替えて店舗にやってくると、もう店に立っている母がいる。
そう大きく変ったことと言えば母の病気の具合がとても良好になったことだろう。
月に二回病院に行く条件で店に立つのをお医者様から許されている。
「お母さん、体調どう?無理してない?」
「大丈夫よ。今日は水巻さんが来られるからちょっと早めに来ちゃった」
嬉しそうに言う。母は私が子供の頃から店に立つのが大好きだった。古くからの常連さんは母の再登場をずいぶん喜んでくれた。もちろん水巻さんもその一人。今日も奥様の形見の真珠を磨いてもらいに来られるに違いない。
そんなわけで私一人で店舗を切り盛りする必要もなくなったので手が空いてる時はジュエリーデザインの勉強をしている。
いつかジュエリーブラッドの宝石とうちの真珠をコラボした素敵なジュエリーをデザインするのが目下の夢だ。
一生店先に立ちたいという夢が少し変ってきたが、一生真珠に携われるならそれでいいと自分で納得している。
私は雅敏さんと出会う前から決めていたのは仕事を応援してくれる旦那様と結婚することだった。
そんな人が本当にやって来てくれるか半信半疑だったけれど、見事にその人は現れてくれた。
雅敏さん、ありがとう。今日も頑張れるよ。
胸の内でそう言うと店の自動ドアが開く気配がした。
「いらっしゃいませ」
私はお客様へ向けて声を発した。
雅敏さんが最高だと言ってくれたとびきりの笑顔で。
<了>
お義父様は視線をさまよわせた。そしてぽつりと言った。
「そうか......加奈子はお前にこれを見せていたんだな。そうか」
後から聞いたのだが加奈子というのが雅敏さんの実のお母さんの名前なのだそうだ。
「雅敏」
少し改まった声でお義父様は言った。
「お前の顔は加奈子によく似ている」
え、と雅敏さんの身体が固まった。思いがけない事を言われたんだろう。
「だから...お前がいると加奈子がいるような気がして...責められているような気持ちになっていた」
雅敏さんはぼうっとお義父様を見ていた。
お義父様が隠していた本心に触れて感じ入っているのだと思う。
「この図鑑は加奈子と付き合い出した頃に加奈子にせがまれて買ってやった。子供に見せるんだと言っていたがまさか本当にそうしていたとは」
雅敏さんは頷いて一歩お義父様に近づいた。
「母は俺にいつも『いつかこれが必要になるから』と言っていました。きっとあなたが来てくれるのを信じて待っていたのだと思います」
お義父様は二度ほど頷いた。それ以上言葉を紡ごうとはされず、ゆっくりと本の世界へと戻っていった。
私には何も言われなかった。だがそれで満足だった。前回来た時よりも雅敏さんとお義父様の関係は少し変った。それだけで十分な気がする。もっと時間をかければ歩みよれるのではないだろうか。
お義父様の書斎を後にして私と雅敏さんは駆け足で温室へと向かった。
おじい様は前回と同じシャツにオーバーオールという庭師スタイルで私たちを迎えてくれた。
よう来たよう来たと喜んでくれるだけでなく、アウイナイトの話をすると
「でかしたぞ雅敏!」
そう言って雅敏さんを抱きしめてばんばん背中を叩いた。
私はこのおじい様の愛情こそ雅敏さんの人たらしの大元なんじゃないかと思う。このおじい様がいてくれて、雅敏さんはどんなに癒されたことだろう。
おじい様のくしゃくしゃの笑い皺を見ているだけで豊かな気持ちになった。雅敏さんがワルツの話をすると感嘆の吐息をもらして私の手を両手で握った。
「文香さん。よう頑張ってくれたね。雅敏のために、ありがとう」
目に涙をにじませて言ってくださった。私の目にも涙がにじんだ。
「いいえ。雅敏さんの熱意のおかげです」
うんうんとおじい様は口角をあげてにっこり笑った。冬の寒空も吹き飛ばすような暖かい笑顔だった。
三か月後。シュミット氏から仕入れたアウイナイトは大変高貴な方に購入してもらえたと雅敏さんから聞いた。スマートに売ることができて雅敏さんも喜びを噛みしめていた。
そんな雅敏さんを見て私も嬉しかった。
エピローグ
「いえっ、やっぱり清楚なのは真珠だと思います!」
「そうかな。俺はオパールとかの方がきらめきもすごいし、エメラルドも深い輝きがあるしだな」
さっきから私と雅敏さんは珍しく口論している。
言い合いの元は雅敏さんの姪のはなちゃんである。もうすぐハイスクールに入学するはなちゃんにちょっとしたお祝いのジュエリーを選ぼうとなったのだ。
はなちゃんのお父さんは雅敏さんの義理のお兄さんだ。ずっと海外で弁護士をやっているからお会いしたことはないのだけれど、私と雅敏さんに結婚祝いを贈ってくださったのだ。とても高級なワイングラスのペアのものだった。
お返しをしなくてはと話し合っていたらはなちゃんの高校入学祝いはどうだろう、とそこまでは意見が一致したのだが。
あっさりしているけれど品のいい真珠アクセサリーを贈ろうとする私と、煌びやかな宝石のブローチを贈ろうとする雅敏さんで意見が衝突してしまった。
雅敏さんはジュエリーブラッドの商品を知り尽くした俺が言うから間違いないと言うし私だって真珠でお祝いをしたいお客様の相談に何度も乗ったことがあると譲れない。
結局お互い折れることができずじゃんけんで決めることにした。すると真珠の神様が味方したのか私が勝った。
「うーん、こういうプレゼント用の真珠アクセサリーを選ぶのって本当に楽しいんですよね。うきうきしちゃう」
私が上機嫌でどの真珠アクセサリーにしようかと悩んでいると雅敏さんがふうと息をついた。
「まあそういう文香が好きで結婚したんだからしょうがないな」
勝負に負けた割にはさばさばした感じの雅敏さんだ。めったにしない言い合いをしても変らず私を肯定してくれる。相変わらず人たらしだ。
「私もこういう時に粘着質にならないさっぱりした雅敏さんが好きです」
はいはい、と雅敏さんは私の頭をくしゃくしゃとした。
「そろそろ時間じゃないか」
「あ、いけない」
今は朝の九時。地下鉄に乗って河原真珠店に行かなくてはいけない。雅敏さんは夜が遅いのでこのお祝いの相談も朝の時間にする流れになったのだった。
もう朝食の食器も片づけてあるのであとはコートを羽織るだけだ。
玄関で靴を履いていると雅敏さんがやってきた。大きく腕を広げたので私は嬉しくなって腕の中に飛び込んだ。
出勤前のハグはほとんど習慣になっている。
雅敏さんと暮らすようになって一年が経った。
あっという間の一年だったが雅敏さんはジュエリーブラッドへ、私は河原真珠店へと通勤するのは変らない。
地下鉄を降り、秋の気配を感じながら商店街を歩いて河原真珠店に到着する。
「おはよう。文香」
更衣室で制服に着替えて店舗にやってくると、もう店に立っている母がいる。
そう大きく変ったことと言えば母の病気の具合がとても良好になったことだろう。
月に二回病院に行く条件で店に立つのをお医者様から許されている。
「お母さん、体調どう?無理してない?」
「大丈夫よ。今日は水巻さんが来られるからちょっと早めに来ちゃった」
嬉しそうに言う。母は私が子供の頃から店に立つのが大好きだった。古くからの常連さんは母の再登場をずいぶん喜んでくれた。もちろん水巻さんもその一人。今日も奥様の形見の真珠を磨いてもらいに来られるに違いない。
そんなわけで私一人で店舗を切り盛りする必要もなくなったので手が空いてる時はジュエリーデザインの勉強をしている。
いつかジュエリーブラッドの宝石とうちの真珠をコラボした素敵なジュエリーをデザインするのが目下の夢だ。
一生店先に立ちたいという夢が少し変ってきたが、一生真珠に携われるならそれでいいと自分で納得している。
私は雅敏さんと出会う前から決めていたのは仕事を応援してくれる旦那様と結婚することだった。
そんな人が本当にやって来てくれるか半信半疑だったけれど、見事にその人は現れてくれた。
雅敏さん、ありがとう。今日も頑張れるよ。
胸の内でそう言うと店の自動ドアが開く気配がした。
「いらっしゃいませ」
私はお客様へ向けて声を発した。
雅敏さんが最高だと言ってくれたとびきりの笑顔で。
<了>


