愛を知らない御曹司は専属メイドにご執心
「……あの、巴様」
「何だ」

 視線を上げた彼はいつもと変わらない顔をしながら私を見つめてくる。

「その……縁談のお話ですが……」
「気になるか?」

 その問いかけに一瞬言葉を詰まらせながらも、「……はい」と正直に答えると巴さんは少しだけ目を細めた。

「昼間も言った通り、俺自身にその気はない」
「……本当、ですか?」

 思わず、確かめるように聞いてしまう。

「決まっているだろう。そんなものに興味も無い」

 きっぱりと言い切る声に胸の奥が少しだけ軽くなる。

「ただ」
「……ただ?」
「無碍に断るのが最善とも限らん。会社のことを考えればな」

 巴さんの気持ちは固まっているものの彼の立場からすると、そう簡単なものでは無いことを彼自身も分かっているからこそ、どこか煮え切らない様子だった。

「……そう、ですよね」

 私もそれが分かっているからこそ、まるで自分のことのように胸が苦しいんだと思う。

「……巴様は、その……どうしたい、んですか?」

 探るような問い掛けに巴さんは暫く黙り込み、そして、もう一度私を真っ直ぐ見た。

「……お前は、どうすればいいと思う」
「え……?」

 予想していなかった言葉に、思考が止まる。

「縁談を断るべきか、受けるべきか。会うとしても、どう振る舞うべきか」

 淡々とした口調なのに、その視線だけは真剣だった。

「俺はこういう場面が得意ではない」
「…………」
「お前ならどうする? 意見を聞かせて欲しい」

(どうして、私に?)

 そう思うと同時に、胸が強く脈打つ。

 私はメイドで、巴さんからすれば使用人の一人。

 それでも、この人は私の考えを聞こうとしている。

 答えなければいけないのに喉が詰まってすぐには言葉にならない。

 この気持ちをどう表現すればいいのか分からないまま、私はただ巴さんの視線を受け止めて立ち尽くしていた。
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