愛を知らない御曹司は専属メイドにご執心
 あの日――偶然聞いてしまった巴さんのご両親の会話から、少し時間が経った頃だった。

 巴さんはまるで天気の話でもするかのように、淡々とした口調で告げた。

「明日、相手の女性と顔合わせをすることになった」

 その言葉に胸の奥がきゅっと音を立てて縮む。

「……明日、ですか?」
「ああ。俺の知らないところで随分話が進んでいたらしい。会うだけ会えと言われてな」

 言葉とは裏腹に表情にはうんざりした色がはっきりと浮かんでいる。

 きっとご両親に強く勧められたのだろう。

 そう思うとこれ以上は何も言えなくなった。

「……そう、なんですね……」

 仕方ないという結論で話を終わらせようとした、その時。

「……あの」

 気づけば私は巴さんを呼び止めていた。

「どうした?」

 巴さんの視線がこちらに向く。

「もし、その……相手の女性の方が、巴様のことを気に入ったら……どうなさるおつもりなんですか?」

 一瞬の沈黙のあと、巴さんは肩をすくめた。

「そんなこと、あるわけないだろ。俺は愛想笑いも出来ないような人間だ。そんな男を気に入る女がいるとは思えない」
「そんなことないです!」

 巴さんのその台詞を聞いた私の口からは反射的に声が出ていた。

 しまったと思った時にはもう遅く、巴さんは目を見開いて私を見ていた。

「あ……す、すみません。でも、その……巴様は、十分素敵な方だと思います。だから……ご自分のことを、そんなふうに悪く言わないでください」

 言葉を選びながら必死に伝えると、巴さんはしばらく黙り込み、やがてぽつりと呟いた。

「……そんなことを言われたのは、初めてだ」

 戸惑ったように視線を逸らし、

「お前は、やはり変わっているな」

 その一言で、空気が妙に気まずくなる。

 これ以上ここにいるのが耐えられなくなった私は何か理由をつけて部屋を出ようと踵を返した、その背中に低い声がかかる。

「相手がどうあれ、今回の縁談を受けるつもりはない。明日の顔合わせも、早々に切り上げる。だから――」

 振り返ると巴さんは私を真っ直ぐ見つめていて、

「明日、帰ってきたら……お前にコーヒーを淹れてもらいたい」
「え?」
「午前から出掛ける。菓子は早めに用意しておいてくれ。帰ってきたら、すぐ出せるようにな」

 そう言うと、ほんの少しだけ口角を上げた。

「それが、一番の癒しになる」

 その表情と声音は狡いと思うほど自然で、

「……頼めるか?」

 断れるはずなんてなかった。

「勿論です! とびきり美味しいコーヒーを淹れますね。きっと気を遣ってお疲れになるでしょうから」

 彼がどんな思いでその言葉を口にしたのかは分からない。

 それでも、帰ってくる場所として私を選んでくれた。

 そう思えたことが、どうしようもなく嬉しかった。
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