貧困乙女、愛人なりすましのお仕事を依頼されましたが・・・

ジェシカはうなだれて、現実を突きつけるランス所長の前で黙り込んだ。

バリーは足元で「伏せ」で待機をしている。

もう少し待てば、楽しい散歩の時間が来るのをわかっているのだ。

「まぁ、私も君の父親を知っているから・・・」

ジェシカの父は牧場を経営する傍ら、警察犬の訓練士として、数々の大会で優勝経験をもつ地元の名士であった。

だが、ジェシカが１９才の時に、母と一緒に交通事故で亡くなった。

弟とジェシカが残されたが、牧場や犬たちは借金の返済で売られてしまい、手元に残ったのはバリーだけだ。

バリーは優秀な警察犬だが、高齢なので価値がないとみなされた。

弟は全寮制の私立校にいるが、その学費の負担もジェシカに重くのしかかっていた。

ランス所長は、目の前の書類をいくつかパラパラとめくり、一枚を抜き出した。

「監視カメラの設置が遅れて、その間、深夜帯の警備をしなくてはならない。
しかも、敷地が広大だから・・・
お前とバリーに向いている仕事かもしれないな」

眼鏡ごしに、青灰色の瞳でジェシカを見た。

「短期間だが・・・仮眠もできるし。昼間は、次の職探しができるのではないかね」