「帰りたくないんだろ」~好きバレ! 俺様上司の溺愛が止まりません!~
 そう思ったとき、彼女の右手の近くに、コーヒーの入ったカップが置かれていた。

「はい。ご苦労様」

 びっくりして彼女は顔をあげた。
 彼女の表情を見て蒔田はすこし笑った。「そんなに驚くことか?」
「どういう風の吹き回しかと思って……、すごい、寒気がします」
 飲み物は全てセルフだ。来客のときを除けば全員が自分で自分のぶんの用意をする。
 それに、GL(グループリーダ)たる彼が部下のぶんを用意する必要など本来は、ない。彼女が新人の頃からときどき蒔田はしてくれるけど。
 彼女の率直な言葉に、彼は笑って首を振る。「酷い言い草だ。二度と優しくなんかするもんか」
「え、ええと……」

 優しくされたのか。

 ――いまのが。

 いまのが?

 彼女は、カップに手を伸ばす。……持つ手が、震えていた。

 気持ちの整理をつける時間。

 失恋してずたずたになったと思っていた気持ちが、あたたかいコーヒーを飲めば、ほっこり癒される。

 そんな単純でいいのか、という抵抗感も虚しく。
 給茶機の作る、いつも飲んでいる、なんてことないコーヒーなのに。
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