「帰りたくないんだろ」~好きバレ! 俺様上司の溺愛が止まりません!~
「まあ、いいさ」と蒔田は右を見やった。人通りの多い路地を歩く酔っぱらいサラリーマンは誰も彼もが似ている。見も知らぬサラリーマンが彼女にぶつかりそうになるのを、片手でそっと蒔田が庇った。

 近い。

 蒔田に触れられ、彼女は心臓が止まりそうになった。
 背の高い男。煙草の香り。

(なに考えてんだか、あたしってば、もう……)

 どきどきしちゃうなんて。

 恋人に振られて二週間しか経っていない。

 振り子のように触れる自分のこころが、嫌になる。

 がやがやと騒ぐ酔っぱらいが隣の店に消えてから、蒔田は、彼女から離れた。「いや、悪かった」
「い、え、全然……」
「こんなところでサボるなよ、二年次が」彼は、ご丁寧にも携帯灰皿に煙草をしまった。「あのなかですることがあるだろ、おまえには」
「……わ、かってます」

「泣きたいのか」


 ずばり、急所を突かれ、

 しかも彼女の目から、反射的に涙がこぼれた。

(うわ。恥、ずかし……)

 慌てて彼女は俯き、空いている方の手で涙を拭った。

(子どもじゃあるまいし、いきなり、泣くなんて……)

 しかも、止めようとするほどに、止まらない。
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