治療不可能な恋をした
. . 𖥧 𖥧 𖧧


「ん……」

まつげがわずかに震えた。小さな肩がぴくりと揺れ、梨乃の目が静かに開く。

「……仁科、起きた?」

眠たげなまなざしと視線が合った瞬間、理人は思わず微笑んだ。余計な言葉はなかった。ただ、体を寄せ合ってこうして一緒にいられることが、何より嬉しかった。

だが──その温もりは、一瞬で冷える。

梨乃が目を逸らし、小さく呟いた。

「……ごめんなさい」

梨乃の頬へと伸ばしかけた理人の手が、途中で止まる。スッと、背筋に氷のような冷たい気配が滞る。

「……なんの、ごめんだよ」

声を潜めるように言ったが、喉の奥に詰まったものはすぐには下りなかった。

梨乃は視線を下げたまま、毛布を指先でつまんでいる。何も言えないまま、ただ気まずそうに黙り込む姿に、胸が締めつけられた。

──また、なかったことにするつもりか。

理人の胸が、ギュウ、と締めつけられる。これまでのことも、体を重ねた今も……全部、何もなかったようにして、またふりだしに戻すつもりなのか。

自分だけが、ずっとあの夜から一歩も前に進めてないみたいで。自分だけが、まだ彼女を想っているみたいで。

ふつふつと、腹の底から激情が湧き上がる。

(……ふざけんなよ)

あんなに欲しくてたまらなかった存在に、ようやく触れられたと思ったのに。そのぬくもりは、また静かに遠ざかっていく。

けれど、今さら見て見ぬふりなどできなかった。

「……仁科」

ひと息置き、理人は小さく息を吸って真っすぐに言った。

「お前が好きだ」

梨乃の瞳が、信じられないものでも見たように、大きく揺れる。
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