治療不可能な恋をした
けれど今朝、数年ぶりに何事もなかったように姿を現した理人は、あの夜の記憶にある彼とはどこか印象が違っていた。
術前評価での対応。小さな患者に目線を合わせて話しかけ、母親に的確なやりとりをする理人の表情は穏やかで、けれど真剣だった。
大学時代は華やかで、いつも人に囲まれていて、どこか軽い男だった。
そんなイメージしか持っていなかった梨乃にとって、カルテに向かうその後ろ姿や聴診器を構えるときの静かな所作は、意外なものに映った。
そしてほんの少しだけ、その姿に気を取られた自分に、梨乃は戸惑いを覚えていた。
たった一度きりのこと。あれから何があるわけでもなく、会うことすらもなく、これからもただの気の迷いとして忘れていく──はずだったのに。
こうして再会し、同じ患者に関わる中で、梨乃の中にはわずかな揺れが生まれていた。
思い過ごし。気のせい。
医者としての誠実な姿が意外だった。
(そうよ…たった、それだけのこと)
自分にそう言い聞かせながら、梨乃は再びパソコンの画面に向き直る。
これまでと変わらず、目の前の患者に全力で向き合うために。