治療不可能な恋をした
やがて一通りの担当患者を診終え、梨乃はナースステーションへと戻ってきた。
ファイルを胸に抱えたままカウンターに近づくと、どこか和やかな空気が漂っていることに気づく。
視線の先には、数人の看護師と談笑する男性の姿。白衣の裾から覗くラフなTシャツ、無造作に撫でつけた黒髪。気負いのない立ち姿で、その人は自然とその輪の中心にいる。
(逢坂くん……?)
彼がなぜここに。そう思うと同時に理人が梨乃に気付き、軽く片手を上げて笑みを浮かべた。
「お、仁科。おつかれ」
その気さくな仕草に、梨乃はかすかに既視感を覚える。看護師たちからも視線が集まり、胸の奥にほんのわずかな気恥ずかしさが芽生えた。
「ちょうどよかった。心外で共有してた患者の件で、小児科の所見も必要になってさ。確認しに来たんだけど、先生が誰もいなかったから戻ろうとしてたんだ」
手にしていたタブレットをちらりと見せながら、理人はいつもの調子でそう言った。
「だからナイスタイミング。助かった」
「……そうですか」
梨乃は簡潔に返したものの、内心にはわずかな違和感が残っていた。
さっきまで看護師たちと楽しげに話していた彼が、「戻るところだった」と言い放つその軽やかさに釈然としない気持ちが浮かぶ。
理人は異なる診療科でありながら、まるで以前からここにいたかのようにここの空気に馴染んでいた。
(……こういうところ、昔と変わらない)
人懐こくてノリは軽いくせに、やるべきことはきっちりこなす。誰に対しても自然に距離を縮めていく彼のスタイルは、昔と変わっていなかった。