治療不可能な恋をした
一歩引いて眺めていた頃の感覚と、今こうして対等に会話している現実。そのわずかなギャップに、梨乃は胸の内で静かな戸惑いを抱いていた。
ちょうどそのとき、背後から近づいてくる足音が聞こえてきた。
「お疲れさまです。戻りました」
振り返ると、白石が回診ファイルを手にナースステーションへ戻ってくるところだった。梨乃が「お疲れさまです」と返すと、白石の視線が自然と隣に立つ男性に向けられる。
「……あら、あなたは?」
不思議そうに首を傾げた白石に、理人が白衣のポケットに手を入れたまま軽く会釈をした。
「先日ここの心臓外科に異動してきました、逢坂です。今後は小児科とも関わることがあると思うので、よろしくお願いします」
「──ああ!あなたが!私は白石です。こちらこそよろしくお願いします」
白石が笑顔で頭を下げると、理人もにこやかに応じる。
「でも、心外の先生が直接こちらまで来るなんて珍しいですね。何かありましたか?お手伝いしましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
理人は軽く首を振ると、視線を梨乃のほうへと流す。
「ちょうど仁科がいてくれたんで。相談はそっちで済みました」
「……あれ? 仁科“先生”じゃなくて、仁科?もしかして、以前からのお知り合いなんですか?」
白石が問いかけると、理人はポケットから手を出すこともなく、ちらりと梨乃を見やった。
「ええ、まあ……ちょっとした仲で」
その言い方に、梨乃のこめかみがぴくりと動く。
相変わらず理人は視線を逸らさず、どこか含みのあるような薄い笑みを浮かべていた。
(……ちょ、なにその言い方)
睨むように見上げるも、遅かった。
「えっ、それってまさか──」
白石が声を上ずらせた、その瞬間。
「ち、違います!」
梨乃は思わず声を張っていた。
思った以上に強い語気に、我ながら驚く。
「大学の同期だっただけで、卒業してから一度も会ってません!」