治療不可能な恋をした
「いやあ……逢坂先生、かっこいいですね」
ぽつりと白石が呟いたのは、理人の姿がナースステーションの奥へと完全に見えなくなってからだった。
「雰囲気もあるし、あれは絶対モテますよ。見てくださいよ、看護師達のあのうっとりした目。あれはきっと、外来にもファンついてますね」
そう言って楽しげに笑う白石に、梨乃は少しだけ困ったように返す。
「……そうかもしれませんね」
何気ない会話のはずなのに、指先にわずかに力が入るのを自覚して、梨乃はそっと視線を落とした。
「でも意外でした、仁科先生と同級生だったなんて。どうしてさっき言ってくれなかったんです?」
白石が興味津々といった様子でこちらを向く。
「どうしてって……」
「だって、もし私だったらぜったい言ってますよ。“実は同期にイケメン外科医がいて~”って」
「……えっと…」
軽口に乗る気にはなれず、とはいえ否定するほどの理由もなくて、梨乃は言葉を探した。
「……言えるほど、彼とは交流がなかったもので」
梨乃は努めて淡々と答えるが、その声色にはどこか曖昧さがにじむ。
白石はそんな反応を面白がるように、少し首をかしげて笑った。
「ふふ、そうなんだぁ」
「……なんですか」
「いえいえ、なんでもないです。じゃ、私は記録まとめてきますね」
そう言って白石は明るく笑いながらナースステーションを離れていった。
残された梨乃は、小さく息を吐きながらファイルを胸に抱える。
──ほんと、言うほどのことなんか、ないのに。
けれど、そう思えば思うほど、胸の奥が静かにざわついていた。