治療不可能な恋をした
. . 𖥧 𖥧 𖧧


当直との引き継ぎを終え、梨乃が病院を出たのは、すっかり日が落ちた頃だった。外の空気はひんやりとしていて、一日中張り詰めていた神経が、ようやく少しだけほぐれていくのを感じる。

そのときだった。

病院のエントランス脇、街灯の下に立つ人影がふと視界に入る。

パーカーを羽織り、スマートフォンを手に談笑する理人の姿だった。私服姿なんて学生時代に見慣れているはずなのに、どこか遠く感じる。

電話の相手は同僚か、それとも友人か。内容までは聞こえないが、笑い声と柔らかな口調から、気の置けない相手であることはすぐにわかった。

その明るさに、梨乃の足が思わず止まる。

──大学時代から、あんなふうに周りに人がいた。

彼の姿を眺めながら、そんな記憶がよみがえる。無意識に握ったバッグの持ち手が、指の中でこつりと音を立てた。

ちょうどそのとき、理人が顔を上げ、こちらに気づいた。

「あ、仁科じゃん。今帰り?」

いつもの調子で声をかけられ、梨乃は少しだけ肩をすくめるようにして会釈を返す。

「……お疲れさまです」

そのまま足早に通り過ぎようとした瞬間、背後から気軽な声が追いかけてきた。

「待って、仁科」

呼び止められ、足が止まる。

「……なんですか」

「これから一緒にメシいかね?」

「は?」

その一言に、思考が一瞬止まる。
そしてすぐに、梨乃の脳裏にあの夜の記憶がよみがえった。

──たった一度だけ、理人と交わしてしまった関係。

一歩近づかれるだけで、あの距離感がまた崩れてしまいそうで、身体が自然と身構える。
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