治療不可能な恋をした

「……いえ、結構です」

「なんで?夕飯まだだろ?」

「そうではなくて……」

返事を濁しながら視線を逸らす。このまま立ち去りたいのに、足が動かない。

たかが食事の誘い。それなのに、どうしてこんなに動揺しているのだろう。

一度きりの関係──それももう何年も前のこと。
互いに口に出すこともなく過ぎてきた、曖昧な記憶。

けれど今、ふいに距離を縮められるとあの夜の空気が唐突に蘇ってきて、どうしようもなく平静ではいられなかった。

(こんなの……私だけが気にしてるみたいじゃない)

そんな自分に、また苛立つ。

軽く笑いながら何でもないふうに言葉を交わす理人を見ると、なおさら。

「メシくらいいいじゃん。……だって、俺らはただの同期、なんだろ?」

冗談めかした口調。その言葉に、胸の奥がちくりと痛む。

そう、彼にとっては──ただそれだけのことなのだろう。

一夜のことなど、たいした意味はなかった。ただの学生時代の出来事。忘れても当然で、なかったことのように振る舞える。

自分だけが意識して、戸惑って、引きずっている──そんな気がして、悔しくなった。

「……行きますよ」

だから少しだけ苛立ちを込めて、梨乃はそう答えた。

(行ってやるわよ)

投げやりに返したその一言が、ひんやりとした夜気に溶けていく。理人が、ほんの少しだけ目を細めたように見えたのは、気のせいだったかもしれない。

「……よし。じゃ、行こうか」

そう言って隣に並んだ理人の歩幅は、梨乃よりほんのわずかに遅かった。

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