治療不可能な恋をした
湯気の向こう、少し目を細めるようにして見つめてくるその顔は、ほんのりどこか懐かしい。
「こうして同じ病院で、同じ患者を診ることになるのも不思議だけど……」
理人は湯飲みに口をつけながら、ふっと目線を逸らす。
「もっと意外だったのは、やっぱり仁科が小児を専攻したことかな」
「……意外ですか?」
梨乃は少しだけ眉を動かしながら返す。口調は穏やかだが、その奥には微かな警戒がある。
「うん。なんとなく、もっと大人相手の診療科に行くのかと思ってた。神内とか、腎内とか……無表情で淡々と患者の世話してるイメージ」
「それ、遠回しに愛想がないって言ってますよね」
呆れたように返しながらも、理人の言葉に悪意がないことはわかっていた。だからこそ、少しだけ気を許して、答える。
「──姉の子が、きっかけでした」
「お姉さん?」
「学生の頃に結婚して、私が五年のときに子どもが生まれたんです。ちょうど私が小児の実習に行く直前で」
湯飲みに指を添えたまま、梨乃はふっと目を細める。
「毎週のように姉の家に通って、沐浴手伝ったり、寝かしつけたり……子どもに触れてるだけで、笑うだけで世界が明るくなるというか」
「……なるほど」
「単純かもしれませんけど、あの子の存在で、“子どもを診たい”って、自然に思えたんです」
思い出の中の“可愛い”だけでは済まない現場を日々経験している今、理人の「意外」という言葉も、どこか納得できる気がした。
だけど、やっぱり。
──私は、この道を選んでよかった。
胸の内でそう思えたのは、たぶんこの一瞬だけではない。日々、折に触れて、確認しながら進んでいるのだ。