治療不可能な恋をした
「なんでそんなに距離取ろうとすんの?大学のときはそんな話し方してなかったろ」
その言葉とともに、理人の視線が揺れる。ふっと横を向いたその顔が、一瞬だけ曇ったように見えた。そして、もう一度こちらに視線を戻して──
「……もしかして、あのときのことが原因?」
その一言に、梨乃の心臓がどっと跳ねる。
聞きたくなかった。けれど、避けたかった問いほど、的確に突かれる。
「それは……」
視線を落としたまま、言葉が途切れる。箸を持つ手が、ごく僅かに震えている。
しばらくの沈黙のあと、理人が静かに尋ねた。
「……なんであの日、何も言わずに帰ったの?」
梨乃は息を飲む。
眠る理人をそのままに、音を立てないように、気配すら消すようにして部屋を出た朝。目の前の現実から目を逸らすように、逃げ出した。
あのときの空気、朝の光、ひんやりとした床の感触までが、一気に思い出される。
「……ごめんなさい」
ようやく絞り出すように口を開いた梨乃の声は、かすかに揺れていた。
「……お酒、入ってたし。雰囲気に流されたっていうか……朝になって酔いが醒めたらなんだか急に色んなことが怖くなって……どうすればいいか、わからなくなって……」