治療不可能な恋をした
言いながら、どれも言い訳でしかないことは分かっていた。理人がどんな顔をしているのか、怖くて見られない。
けれど沈黙のあと──低く、静かな声が返ってくる。
「じゃあ、仁科は……あれを“なかったこと”にしたいんだ?」
静かな声音だった。
責めるでも、問い詰めるでもない。けれど、その一言が、梨乃の胸にざくりと刺さる。
何も答えられなかった。
わずかに首を傾けて、うなずいた。
本当はそうじゃないかもしれない。でも、あの夜が意味のあるものだったと認めてしまったら、きっと何かが壊れてしまいそうで。
すると──
「……なら……仁科がそうしたいなら、そうするよ」
淡々とした声だった。けれど、どこか切なげで、遠くに感じる声だった。
理人はもうそれ以上、何も言わなかった。
ふたりの間に、静かな沈黙が落ちる。
箸を握る手元ばかりを見つめながら、梨乃は胸の奥のざらつきを持て余していた。
(……なかったことにしたい、はずなのに……)
そう言い聞かせながらも、なぜこんなにも苦しいのか──答えは、まだ自分でもわからなかった。