治療不可能な恋をした
それでも理人はわずかに俯き、悔しげに唇を噛み締める。しかし、梨乃の胸には別の感情が燃えていた。
「確かに怖かったよ。でも私……それ以上に、彼女が許せないの」
その瞳には怯えではなく、強い怒りが宿っていた。
「私を傷つけようとして、患者まで巻き込んだ。そのせいで苦しむ子どもや家族を不安にさせて……そんなの、絶対にあったらいけないことだから」
言葉を重ねるたびに、胸の奥から熱がこみ上げる。
「……だから、ちゃんと罰が下る形になって、本当に良かったって思ってる」
そう言い切った瞬間、ようやく肩の力が抜けていくのを感じた。
「……理人」
梨乃はそっと彼の手を握り直す。
「私……すごく不安なとき、理人が隣にいてくれて、絶対に味方でいてくれて……それだけで、すごく救われた。それだけで十分、嬉しかったよ」
梨乃の言葉に理人の瞳が揺れ、俯きかけていた顔がわずかにこちらに戻る。
「梨乃……俺は……」
理人の声はかすれていた。言葉を探すように唇が震え、悔しさと安堵が入り混じったその表情に、梨乃は静かに耳を傾ける。
「何もしてやれなかったことは変わらない。けど、お前がそう言ってくれるなら……ほんの少し、救われるよ」
その口元に、苦しみに縛られていた表情がわずかに緩む。
「……ありがとな」
「ううん。私こそだよ」
互いの手の温もりを確かめ合いながら、張り詰めていた空気が静かに解けていく。
胸の奥に残る痛みはまだ消えない。けれど、こうして寄り添えることで前に進む力に変えられる。その確かな実感が、温もりとなって梨乃の心に流れていた。
やがて二人は静かに手を離し、それぞれの午後の業務へと歩みを戻していった。