治療不可能な恋をした
彼女は佇んだまま、何も言わずこちらを見据えている。沈黙が空気を重くし、梨乃の足が自然と鈍る。
その一瞬、理人がさりげなく梨乃の前に出た。肩越しに梨乃を庇い、菜々美の視線が交わらないよう遮ってくれた。
「……こんなところで、何してる」
低く抑えた声。苛立ちを隠そうともしない響きに、梨乃は胸の奥で息をのむ。
菜々美はわずかに口角を歪め、理人にうっとりとした視線を送った。
「理人さんを待ってたに決まってるじゃないですか」
その言葉に理人の目が鋭さを増す。梨乃の手を取るようにして握り、彼女を自分の背に完全に隠した。
「だって理人さん、せっかく同じ病院内にいるのに全然私に会いに来てくれないじゃないですか。私、電話までしてお願いしたのに」
声の抑揚は奇妙に一定で、感情の波が読めない。梨乃は背筋が凍る思いを覚え、鳥肌が立った。
菜々美の視線は理人に向けられている。しかし同時に、どこか違う場所も見ているようで──何を仕掛けてくるか予想もつかない。その異常な執着が、梨乃にとって恐怖以外の何ものでもなかった。
「あれだけの事をして、よく俺の前に顔を出せたな」
言葉は低く冷え切っていた。そこに隠された怒りの熱は、梨乃の背にまで伝わってくる。
菜々美はにこりともせず、すぐさま反応する。
「なんのことです?」