治療不可能な恋をした

理人は缶の口を開けながら、ほんの一瞬だけ視線を逸らすようにして、それでもあくまで何気ない調子で言った。

「……そっちは、落ち着いてんの?」

目の前の梨乃に向けた言葉にしては、どこか探るような距離感があった。

「……はい。今のところは」

答えながら、梨乃は手にした缶コーヒーをゆっくりと揺らす。

「そっか」

理人のその一言を最後に、ふたりの間に沈黙が落ちた。廊下の奥で何かの機械が作動する音がして、また静寂が戻る。

(昼間のこと、何か言うべきなのかな……)

喉元まで出かかった言葉が、引っかかったまま降りてこない。

嫌味を言ったのは、自分だ。自覚はあるし、悪かったとも思っている。けれど理人が、どうしてあんなふうに返してきたのかは分からない。

だからこそ、余計に軽率だったと感じる。

本当は、謝るべきなのかもしれない。でも、今の自分の気持ちもはっきりしていないままで、何をどう言えばいいのか分からなくて……声にならなかった。

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