治療不可能な恋をした
「すみません。やめてもらえます?」
低く落ち着いた声が、すぐ傍で響いた。
次の瞬間、男の伸ばしかけた手が理人の腕に遮られて止まる。
「この人、俺の連れなんで」
ごく自然な所作で梨乃の肩先に立つと、理人は男に向かって目線を落とす。その声音は穏やかだったが、口元にはもう笑みがなく、瞳の奥に冷たい光を宿していた。
「……あ、そうなんすか」
男は一瞬目を丸くしてから、舌打ち混じりに鼻で笑い、ひとつ肩をすくめて引き下がる。
「じゃあ、ごゆっくり。邪魔してすみませんでした〜」
軽く手を振って男は背を向けると、また別の通行人に声をかけながら夜の人波へと紛れていった。
ざわめきが戻る。けれど梨乃の中では、まださっきのざらついた空気が残ったままだった。
「……っ、ありがとう」
ようやく絞るように言葉を出すと、理人はちらりと目を向け、わずかに眉を寄せた。
「……何してんだよ、お前。こんな道を一人で帰るなんて、何考えてんだ」
その声には、思った以上に強い色がにじんでいた。
「ボケーっと歩いてるから、簡単に声かけられるんだろ」
責めるようでいて、どこか抑えきれないものが混じっている。梨乃は小さく目を見開き、それから眉を寄せた。
「……そんな言い方、しなくたっていいじゃない」
静かな声だったが、そこには小さな反発がにじんでいた。